晴れ女 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

思えばアレは嵐の前の静けさだったんだな・・・
まったく一難去ってまた一難だ。
一夜明けた朝、激しく窓ガラスを打ち付ける雨と、その向こうに続く立ち上る水煙で灰色に映る風景を眺めながら、俺は長いため息をついた。
窓を閉め切っているにもかかわらず、それでもなお壁を越えて屋外を吹き荒れる突風の轟きと唸り音が耳に伝わってくる。
「ったくよりによって!」
舌を打ち、テレビのスイッチを入れた俺に、報道番組のお天気お姉さんも厳しかった。
「この荒れ模様、午後にも回復することなく引き続くでしょう。」
そう告げると彼女は、眉を八の字に顰め、顔を俯けた。


数日前の天気予報に依れば、大型の台風が近づいているとのことだった。
皮肉なことに、そのピークが予想されるのは、三連休の真っ只中。
例外でもなく、俺もその三連休を楽しみにしていた口だった。
いや、正確には、三連休の最終日を、だ。
三連休の前半二日は仕事でつぶれるが、最終日から、そのあとの三日間、俺はやっと遅い夏休みを取ることができていた。
この機会に俺は札幌を訪れる予定だった。
しかし、天気予報では、三連休の二日目と三日目に台風のピークが東京に訪れるという。
まさに俺が出発しようという日じゃないか!
「そりゃないよ、飛行機飛ばなかったらどうすんだよ?」
認めたくない予測が俺の心を掻き乱した。


台風直撃と予報されていた連休第二日目の朝、職場のソファーで寝ていた俺は、ダクトを伝う滝のような激しい流水の音に目覚めさせられた。
職場の俺の部屋は窓がない。
部屋にいながらにして外の様子をうかがい知れるのは、インターネットを別に知れば、この部屋の中をむき出しで貫通し、さらに地下の排水溝に続いている雨水用のダクトだけだった。
ダクトはかつてない流水音を奏でていた。
外の様子を目で確認するまでも無い。
まちがいなく、外は大雨だった。
天気予報は的中したのだ。
ここのところハズレ続きの天気予報だったから、もしかしたら今回も・・・なんてハズレる事を期待もしていたのだが、その激しい雨音は、それが的中したことを物語っていた。
まったくこんなときに限って、ばっちり当てやがって!
しかし気象庁やらお天気お姉さんやらを恨むのは筋違いってものだった。
仕方ない。
とりあえず任務を終えた俺は、職場を後にすると、車を運転し次の職場に向かった。
ワイパーを最強にしても、ほとんど視界がつかめない。
酷い雨だ。
おっかなびっくりスピードも思うように出せず、通常の二倍近い時間をかけて、俺は次の職場に向かった。
だが、ようやく次の職場に着き、次の仕事を終え、外に出たころには、空は、朝の嵐が嘘のように、綺麗に晴れ上がっていた。
俺は台風が予想より早く去っていってしまったのだと確信した。
良かった、これで明日は大丈夫だ。
俺はほっと胸を撫で下ろした。

だが、俺は知らなかったのだ。
台風に目があるってことを・・・
お天気お姉さんが、俺が知らないところで
「明日は今日よりいっそう激しい暴風雨となるでしょう。」
と、予言していたことを・・・

そして出発の朝、俺はヒュルルルルルルルルというけたたましい警笛のような音で目が覚めた。
それは尋常じゃない音だった。
何事か?
それはベッド脇の壁に装着された排気口から聞こえてきた。
みると排気口が半開きになっている。
どうやら、排気口に入り込んだ風が、そんな音を立てているらしい。
案の定それを閉じると幾分音は和らいだ。
しかし、唸るような外の響きが伝わってくる。
いったいどうした?
ブラインドを開け、外の風景を目の当たりにして俺は言葉を失った。
そこには、昨日晴れ上がったはずの静けさとは一転、まるで逆の風景が広がっていた。
その雨風の勢い、昨日の朝以上だ。
そうだったのか、とっくに行っちまったものかと思っていたが、アレは嵐の前の静けさってやつだったんだな・・・
俺は外を眺めながら、全く楽観視していた自分を憂い、ため息をついた。
「どうするよ?これじゃ、飛行機欠航じゃね?」
不安げに呟いた俺の隣で、寝ていた女が、むっくり起き上がると、同じように外に目をやり、それからファーーーと大きなあくびをした。
「おめえ、のんきにしてるけど、これじゃ、羽田までも辿り着けねえかもしれねーぞ。」
気を揉む俺に女は言った。
「チイセーなあ。大丈夫だって。」
それからどこか人を小馬鹿にしたような口調で
「とびます、とびます。」
というと、両手を握りこぶしにし、親指と小指をピンとたてたまま、数回手首を回旋させてみせるとベッドからポンッと飛び降りた。
まったく、緊張感の無い女だ。
しかし、そうされると、なぜかこっちの緊張感まで麻痺していくから不思議だった。
「とびます、とびます!」
俺もそういうと、女がやってみせたのと同じように両手を握りこぶしにし、親指と小指をピンとたてたまま、数回手首を回旋させると、ベッドからひょいと飛び降りた。

結論から言うと、飛行機は飛んだ。

さてと、今夜はどこ行く?

予定の離陸時間より約一時間ほど遅れての出航とはなったものの、それは確かに我々を札幌まで運んでくれた。
我々の選択した便より以前の便は全て欠航になっていたのだから、まさに不幸中の幸いとしかいえなかった。

「いやはや、ホントによかった。言うとおりだった。まさに不幸中の幸いだったな。」
羽田を飛び立った飛行機の中、俺は窓から眼下に広がる厚い雲を眺めながら女に告げる。
そんな俺に得意そうに顎を突きあげると女は言った。
「ね、だからアタシの言ったとおり、天麩羅にしてよかっただろ、オマイさん!」
言い終えると、人差し指で鼻の頭をすっと擦り、ふふっと不敵な笑みを見せた。
天麩羅?
なにを言ってるのだ?
一瞬言葉に詰まった俺だったが、すぐに合点がいった。
ああ、そっちか・・・
そう、彼女は俺とは感性が違うのだ。
「ああ・・・そうだな。」
俺は、さも当然というようにそういうと、それ以上は言わずに微笑んだ。
たしかに、飛行機が無事飛んだことを別にすれば、アレもある意味、不幸中の幸いといえた。

羽田での待ち時間、どこでどう時間を過ごすかに迷う俺に女は言った。
「オマイさん、こういうときは天麩羅だよ!」

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

たしかにこんな旨い天麩羅を食べたのは久しぶり、いや、生まれてはじめてかもしれなかった。
そういう意味じゃ、不幸中の幸いだった・・・・

・・・・ちょいと値が張ったのを気にしなければだが。

俺は言った。
「しかし、昔の人は巧い事を言ったもんだな。」
「なにが?」
「ほら、昔からいうじゃないか。雨が降ると天麩羅屋が儲かるってね!※1」
「うん、あと、晴れ女もなっ!」
女は目をきらりと輝かせると、フフフと笑った。

※1(←いいません。)