ienu | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

今朝の事なんですけどね、タクシーに乗ったんですよ。
駅前に停まっていた客待ちのタクシーに。
後部座席に乗り込んでから気付いたのですがね、
助手席に誰かが座っているのですよ。
もちろんアタシが知らない人ですよ。
タクシーに乗り込むアタシを見つけ、
「おっ、乗ってくんなら、ついでに俺も乗せてって!」
と、飛び乗ってきたアタシの親友じゃないことは確かです。
しかし、言えぬのですよ。
「誰アンタ?」
とは。
まあ、運転手さんの個人的荷物とでも思うことにするか、
と、気にしないことにしましてね、アタシは行き先を告げました。
この辺りには裏道もあって、そっちのほうが目的の場所まで早く安く着くのですよ。
たいていの運転手さんは、なにも言わなくてもそっちの道で言ってくれるのですが
「ってことは、あの大橋商会の向かいだね?」
と、アタシの告げた目的地を確認してきた運転手さんに、アタシが答えるより早く
「釜野下通りまっすぐ行って!」
と、助手席の男が命令口調で言ったから、びっくりしましたよ。
そうじゃないよ。
アノ通りは渋滞するんだ。裏道行ってくれよ!
しかし、アタシがそう言うより早く、運転手さんは「はい。」と返事をすると、車を発車させ
ウインカーを裏道とは反対方向に出して、釜野下通り方面に進んでしまいました。
「ゴラァ!そっちじゃねえ!戻れ!」
そう怒鳴りつけたいところでしたが、やはりねえ・・・
言えぬのですよ。
ま、いっか。
アタシに出来ることといったら、聞こえるくらいの大きなため息を吐くことだけでしたよ。
案の定、渋滞に巻きこまれましてね、タクシーも進みが遅いのですよ。
その間、助手席の男は運転手に話しかけ、全然アタシに関係ない、面白くもなんともない男の孫の話やら、旅行で行った場所の話なんかをしはじめます。
また、この声がアタシにはとても耳障りなんです。
嫌いな声質ってあるでしょ。
まさに、この男の声がそれなんです。
でもね、でも
やはり、言えぬのです。
「うるせえ!黙ってろ!」
とは。
仕方なく、頭が痛い振りして、両方の耳穴を指で押さえ続けましたよ。
ふと、メーターをみると、本来なら、目的地に着いている値段を示しているじゃないですか。
いっこうに車は進む気配がないし、そこから目的地までは2kmくらいなので、歩けない距離でもないのです。
アタシはこればかりは言いましたよ。
「悪い、もう、ここで降りるわ!」
ところがね、また助手席の男が口出すのです。
「こっち追い越し車線だから、車線変更して!」

ここでいいっつーの!
そんなことしてたら、メーターあがっちまうだろ。ここで降ろせっつーの!
大丈夫だって、車動いてないんだから!
どうしても車線変更するっていうんなら、取り敢えずメーター切れ!

しかしねえ、それを言えぬのですよ。
結局ね、左の歩道側に移動した時には、カチリとメーター上がってましたよ。
まあ、仕方ない、仕方ない。
タクシーを降り、歩きだします。
渋滞の根源である交叉点に辿りつきます。
この交叉点を過ぎると、一気に道が空くから、不思議なものです。
横断歩道を渡って、空いた車道の脇道を歩いていると
さっきのタクシーが、アタシを追いぬいていきました。
「このクソオヤジ!てめー何様なんだ!」
と叫んで石でも投げ付けてやりたかったですが、まあ、その・・・
それも言えぬのだなあ。

俺の人生、「言えぬ」ばっかり。

そうそう、そういや、こんなことも。

さてと、今夜はどこ行く?

近所の美味しいやきとり屋さんで、この日も焼き鳥を頼んだのです。

さてと、今夜はどこ行く?

しかしねえ、
作って下さったママには、申し訳ないのだけれど、この日の塩加減がね、
どうも、薄いのですよ。
もうちょっとお塩かけたいなあ・・・
と思うのですが、
テーブルには、塩は無し。

簡単なことです。
ママに
「すみません、もうちょっと塩貰えますか?」
って言えば良いだけのことなんですから。

さてと、今夜はどこ行く?

しかしねえ・・・・

さてと、今夜はどこ行く?

どうしてもその一言が、言えぬのです、アタシには。

さてと、今夜はどこ行く?

まあ、なんだかんだいって、ママの料理は美味しくて、最後は塩の薄さなど、どうでも良くなってしまったのですが・・・

さてと、今夜はどこ行く?

帰り際になって、
「あら、大変。あなたさっきの焼き鳥、味ついてた?やだ、これ、空っぽじゃない!」
って、空の塩缶の蓋開けて、新たに塩を追加しはじめるっていうのは、ママ・・・・

やめにしてね!
とは言えぬから、

「はい、ちゃんと味ついてましたよ。丁度アタシのところで、使いきったんじゃないですかね?!」

さてと、今夜はどこ行く?

と答えて、笑顔で、ご馳走様。

終わりよければ全て良し。