MARIO DEL MAREの海辺のスタジオから -5ページ目

MARIO DEL MAREの海辺のスタジオから

逗子駅から徒歩5分のデザインスタジオから建築家とスタッフの今を実況中継!
その時感じた事や湘南のnewsなどを紹介しています。

大学を卒業して大手ゼネコンで働いていた時は、同僚や上司はもちろん、得意先や関連業者など、仕事で知り合う人も、自分と大差ない家庭で育ち、似たような学生生活を経て、似たような家庭を持って、似たような社宅に住んで居た。

自分がサラリーマンだった時には、日本の社会ってそういうものだと思っていた。

だって自分の廻りの人間がみんな似たような生活をしていたから。

 

ところが、35歳で独立してみたら、僕のいた世界は実は日本の社会の一部にすぎず、その外に無限の世界があった。

 

以前に、アメリカ軍のパイロットがジャングルに不時着して、待ち受けるゲリラや蛇、害虫などと闘う

映画があったが、まさにそんな感じ。

 

大手ゼネコンにいたときは仕事は、空軍のパイロットのように予定通り高いところから爆撃たりして、闘う場所も方法も決まっていたし、基地に帰れば、安全で衛生的なベッドが待っていた。

 

ところが、中小企業の世界は、まさにジャングルでのゲリラ戦。

もちろん、そこではTOEIC何点とか、何とかの資格持って居るとか、

もちろん経歴や出身大学も関係なく、

見えないところから吹き矢が飛んで来たり、毒グモにさされたり、なんでもありのサバイバルワールドだった。

 

大企業が正規軍だとしたら、このジャングルに生息する部族が中小企業だと思った。

そこには超個性的な社長がいて、部族を率いて日々生き抜いている。

 

魚を獲ったり作物を育てたりして、平和に暮らしている部族もいれば、

そいつらを襲って生きている山賊のような連中もいる。

 

僕はこのジャングルで色々な人に出会った。

助けてくれる人もいれば、だまそうとする悪い奴もいた。

すごい人にも何人も出会った。

 

高卒でペンキ屋から初めて、今やベンツを乗り回す社長、

パッケージ印刷の下請けから始めて、今やランドマークタワーから横浜港を見下ろすネット企業に

成長させた社長。

飛ばされたチリでチリワインに出会って、チリワインの輸入で鎌倉に豪邸を建てた社長。

事務員で入社した建設会社が倒産し、施主に頼まれて工事中の現場を見よう見まねで

竣工させたのをきっかけに、インテリアデザインを始めて、今や世界中を飛び回る

人気デザイナーの一人になった女性デザイナー。

 

例を挙げればきりがない。

 

一方で、事業に失敗して音信不通になった人も何人も見た。

成功と失敗、何がそれを分けるのか、僕はその違いが気になっていた。

 

成功した人たちは、皆、単に運が良かっただけというが

絶対になにかあるはずとずっと考えていたら、

今朝、突然にその二つを分ける要素の一つが判った気がした。

 

残念ながら、今日はもう時間切れ。

少し整理してこの続きは来週また書きますね。

おはようございます!世の中は3連休で逗子・葉山近辺はだいぶにぎわっておりますが、皆さまいかがお過ごしですか。

僕は今日も6:00から工房ですが、昨夜はamazonnで映画JOYを観ました。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B01MUZ4YUT/ref=dv_web_wtls_list_pr_3

僕もゼロポッドの発明に憑りつかれていますが、主婦が新型モップを発明して成功する物語です。

しくじりマリオシリーズで、起業にまつわる色々な失敗を書いていますが

彼女の経験に比べたら可愛いものでした!

ジェニファー・ローレンス, ブラッドリー・クーパー, ロバート・デ・ニーロという豪華キャストも素敵でした。

特にジェニファーは可愛かったぁ♥

ネタバレになるのであまり書けませんが、

僕が経験から学んだ、アイデアひとつで起業する時のポイントを

全て押さえていてとても参考になりました。

このポイントについてはいずれまた書きますね。

参考までにこの映画のモデルになった人の記事がみつかりましたので

貼っておきますね。

http://womenfrontier.com/life/wentrepreneur/joym/

 

それでは良い連休を!

小さい頃、僕は年に一度の海水浴をとても楽しみにしていた。

海なし県で育った僕にとって、海ははるか遠くでキラキラと 輝き、笑い声とワクワクする思い出に満ちた特別な場所だった。

 

縁日で買ってもらった発泡スチロールのボードで何度も何度も波と戯れ、疲れたら松林の裏の小さな駄菓子屋でかき氷。

畳の上に寝転んで海風に吹かれながらのお昼寝や小魚釣り。

 

海はいつも僕にさまざまなアトラ クションを用意してくれた。

そんな子供時代を過ごした僕は海好きの大人になり、暇があれば海へ出かけるようになった。

 

あるとき、海の帰りに寄った埋め立て護岸に美しい海岸を描いた浮世絵のポスターが貼ってあった。

「金沢八景 広重。えっ?ここが?」

確かにそこには海があった。コンクリートで囲われ、淀んだ海面からは腐臭ただよう海が。

 

建築を作る側の人間として、建築を作る=豊かな暮らし景観を創ることと、信じていた僕にとって、建築の負の面に気づかされた瞬間だった。

 

竪穴式住居を発明して以来、人々は自然を掘り、削り、埋め立てて自らの住居を作り続けてきた。

しかし、こんなことを続けていてはやがて手つかずの自然はなくなってしまうのではないか。

 

美しい岩礁を醜い廃墟にしてしまった「軍艦島」の姿が、未来の地球の姿に重なって見えてきた。

自然を傷付けずに建設できて撤去すればもとの自然に戻すことが出来る、そんな建築ができないか。

自然破壊ゼロ、ゴミゼロだからゼロポッド!

 

いいね。

小さな小屋なら意外と簡単に出来るかもしれないと思った。

 

それから、仕事の合間を縫って、ゼロポッドの模型づくりが始まった。

多分2009年頃のことだったと思う。この時はまさか自分でゼロポッド製造を始めるとは夢にも思わず、趣味のような感じで時間のあるときに自分の楽しみとして模型やスケッチを作っていた。

 

スケジュールもないから、仕事が忙しくなると数か月もほっといたり、突然、思い立って徹夜で模型を作ったりと気まぐれで、変更ばかりしてるから、いつまでたっても一向に形にならなかった。

 

そんな趣味はずだったゼロポッドだったが、2012年、本格的に取り組むきっかけとなる事件が起きる。

 

つづく(写真は2010年7月、初期のゼロポッドの模型)