第259話 別れの実感
その時
私は大阪のボーイフレンドの部屋にいた。
彼氏というわけではない。
関西にストリップに来るたびに
よく飲みにいくボーイズパブの男の子。
酔っ払った彼を
大国町のアパートまで送ってきて
そのまま一緒に眠ってしまった。
携帯電話の音で目を覚ました。
着信画面に
「ユウ」という文字が表示されたのは
4ヶ月ぶりのことだった。
驚いた。
あれ以来
私から何度電話をかけても
ユウが電話に出てくれることはなかったから。
「もしもし、まりも?」
懐かしいユウの声は柔らかく
私の胸にすっと馴染んだ。
「どうしてたの? 私、何度も電話してたのに!
なんで出てくれなかったの? 今どこで何してるの?」
言葉が溢れた。
「実は俺、パクられてたんだよー」
息を呑んだ。
「パクられてたって…… まさか?」
想像すらしていなかったユウの言葉に
私は身を硬くした。
「うん、いやー、まいったよー」
ユウの声は明るかった。
イビキをかきながら熟睡している男の隣で
私は布団の上に正座をして話に集中した。
ユウは
自分の身におきた事件の全てを
理路整然と説明して聞かせてくれた。
別れたあと
精神的に落ちるところまで落ちて
一人でトミーから覚醒剤を買うようになったこと。
そしてある日
覚醒剤をキメたまま歌舞伎町を歩いていて
二人の警官から職務質問を受けたこと。
何も言われる前に
自ら内ポケットにしまってあった覚醒剤のパケを出してしまったこと。
現行犯逮捕されたこと。
「俺、ビビっちゃってさぁ…… 情けないよなあ。 ははは」
ユウは照れくさそうに笑った。
私は何も言葉が出てこなかった。
ユウの話は続いた。
拘置所での生活。
延々と続く毎日の取調べ。
裁判にユウの母親が出廷してくれたおかげで
情状酌量となり執行猶予がついたこと。
「アパートは引き払って実家に戻ったよ。
母ちゃんにすごい迷惑かけちゃったからさ。
今は信頼回復のために必死で勉強してる。
税理士の資格を取るために通信教育で勉強してるんだ。
そうそう、簿記の試験はちゃんと合格してたよ」
ユウは妙にさっぱりとしたかんじで
話しを終えた。
ユウが前科持ちになったという事実を
私は受け入れがたかった。
「……ごめんなさい」
言うのが精一杯だった。
「まりものせいじゃないよ。
俺、こうなって良かったと思ってるんだ。
もう絶対にシャブはやらないから大丈夫だよ。
あの時はわからなかったことが、今はよくわかるんだ。
拘置所の中でさ、時間だけはいっぱいあったからいろんなことを考えてた。
まりもが最後に言ったこと。 俺はもっと強くならなくちゃダメだって。 本当だよね。
まりもに甘えてばかりだったね、俺。 つらかったでしょう? ごめんね」
ユウに言われて
私の感情は大きく波立った。
「ううん、 ううん、 そんなことないよ! だって! てか、なんでそんなことに!」
狼狽して涙が溢れ語尾が震えた。
「まりも泣いてるの?
どうして泣くの? 俺はもう大丈夫なんだよ。
自信を持って言えるよ。 ちゃんと立ち直ったんだ」
「だけどっ!」
ユウみたいな子が
前科一犯になったのは
どうしたって私の責任だと感じた。
「私のせいだよ。
覚醒剤をやったことだってそうだし
あの時、私がユウの手を離したから
ユウはそこまで追い込まれてしまったんでしょう」
償いきれない罪を背負った気がした。
「誰のせいでもないって。
俺は、まりもと出会ってなければ、一生知ることが出来ない経験をいっぱいした。
今までの俺の世界をぶっ壊したテロリストみたいな彼女だったと思うよ。 ははは
そう、まりもは俺の殻を破ってくれたんだ。
そのせいで、確かに悪いことも覚えてしまったけど通る道だったんだよ。
今、俺は自分の手で新しい自分を作っているところ。 それには一度、殻を破ることが必要だったんだ。
だから、これで良かったんだ。 まりもには本当に感謝してるんだよ? はははは」
ユウは懐かしい昔話でもするように
平然と笑った。
「どうしてそんな風に笑えるの?
ユウ、大変な思いをいっぱいしたんでしょ?
私のこと恨んでもいいんだよ!」
その方が
気持ちはずっと楽になるような気がした。
「まりも、わかってないなー! 俺は乗り越えたんだよ!
母ちゃんに救われたんだ…… これからうんと親孝行する。
もうあの頃の俺じゃないよ。 俺、すいぶん変わったんだよ?」
ユウの言葉は自信に満ちていて
力強く私の心に響いた。
確かに
ユウは変わったのだという手応えがあった。
大人になったのだろうか。
強くなったのだろうか。
昔のように
良い子のユウに戻ったのだろうか。
でもそれは
決して仮面良い子ではなくて
正真正銘の本物に。
そうなのだろうか。
ユウはそう言うけれど
本当にそうなのだろうか。
ユウの言うことがもしも本当ならば
私はどれだけ救われるかわからない。
飽和状態の頭の中で
あれこれと思考を巡らせていた。
「まりもは、どうしてるの?」
ユウが訊いた。
「ああ、うん、今はまたストリップで大阪にきてるんだ。
仕事ばっかりしてる…… あいかわらずよ」
「そうなんだ、もう彼氏いるんでしょ?」
ユウは当たり前みたいにそう尋ねた。
私の胸はチクリと痛んだけれど
そう思われてもしかたないのは
自分でもよくわかっていた。
「うん、 まぁね」
嘘をついた。
「そっか。 やっぱりか。 ははは」
ユウの屈託のない笑い声。
本当に元気そうで良かった
と思うとまた涙が溢れてきた。
胸に押し寄せる感情の波を
どう取り扱えばいいのかわからず
私は混乱していた。
ユウへの未練?
よくわからなかった。
「私、そろそろ出の準備しなきゃ。
また何かあったら、いつでも電話してね?」
今度は泣いているのを悟られないように言った。
「彼氏に悪いだろー。 なんかあったら、まりもから電話してよ」
「そうね。 じゃ、またね」
電話を切った。
私はようやく
ユウと本当に別れたのだという実感がわいて泣き崩れた。
男のマヌケなイビキのおかげで
少しは気が紛れた。
涙を拭いた。
ユウは
私との別れを引きずらず
ちゃんと前に向かって歩いている。
苦難を乗り越えて
きっとユウは本当に成長したのだ。
そう信じようと思った。
ずっと胸に痞えていたものが取れた気がした。
私も新しい一歩を踏み出したい。
自分に自信が持てるように変わっていきたい。
ユウはそんな勇気を与えてくれた。
そうなんですよ! ユウもパクられてたの! 本当に驚いたね。 まさか。。。ってかんじで。
だって、まさかユウが一人でシャブを買うなんて思えなかったし。 そこまでハマってたってことなんだよね。
覚醒剤を止めるのは本当に大変なこと。 パクられたのがキッカケで止めれる人はけっこう多いのかもな。
でもユウは本当に成長していた。今は連絡取れないんだけど、たぶん、あの子は大丈夫だと思う。
きっと幸せになってると思う。 なんとなく、そう思える子なんだよね。 ユウ、ありがとー。
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