第260話 お父さんの世界
私は変わりたい。
だけど、何を
どうやって変えていけばいいのだろう。
変わりたいと思っているだけでは
前に進むことは出来ない。
過去を振り返り
自分自身を見詰めてみる。
とても真剣な気持ちだった。
恋愛市場で高値をつけられる女でいること。
私の欲望の大半は
そこに終結されていたように思う。
無自覚ながらも
命がけとも言える程の執念で
いつもプライドを保つことに必死だった。
ブランド物を身に纏い
ステータスの高い男を侍らせる。
だけど
それらが自信のなさや
自己評価の低さからくる代償物なのだということを
今の私は充分に理解している。
そう
私はいつも自分に自信がなかった。
ディスコの黒服やホストが好きな理由は
彼らが他の女に求められているということが
目に見える形でわかるからなのだ。
「他の女は貢がなきゃ相手にしてもらえない。だけど私は」
そう思うことで悦に入ることが出来るから。
モテる男に狙いを定め
私は恋をしていると思い込む。
一度寝たくらいで自分のものになったとは思わない。
だけど
男が部屋の鍵を渡してきた時など
完全に自分の手中に落ちたと感じた時点で
そこがその恋のピークになってしまう。
達成感を味わうためのゲームみたいなもの。
とても卑小な自己満足。
そんなものは恋でも愛でもない。
自分のプライドを満たしてくれるものが欲しいだけ。
ただの自己確認の手段だ。
そこまで考えると
私は心底、自分に嫌気がさした。
変わりたい。
本物の自信を持ちたい。
だけど……
一体どうすればいいのだろう。
キッカケが欲しかった。
出の合間に本屋に立ち寄った。
私は今まで
一切、本を読んだことがない。
小学校の時は
『リボン』と『ナカヨシ』
中学校では『別冊マーガレット』
高校時代も少女漫画専門で
活字なんて教科書以外に目にすることはなかった。
だから
本でも読んでみよう、と思い立ったものの
どんな本を読めばいいのかさっぱりわからなかった。
結局は
漫画を数冊買って楽屋に戻った。
その晩
久しぶりに実家に電話を入れた。
「お母さん、久しぶり。 お父さんいる?」
私が電話でお父さんを呼び出したのは初めてのことで
お母さんは「何かあったの?」と不安そうな声で尋ねた。
「ちょっと聞きたいことがあるだけ」
お母さんは
「ちゃんとご飯を食べてる?」とか
「風邪はひいていない?」とか
毎度お決まりのことを心配そうに何度も訊いた。
「元気にしてるから心配しないでね
そのうち実家にも顔出すからさ」
私は言った。
お父さんが電話口に出た。
「もしもし」
お父さんの声を聞いただけで
なぜか胸がいっぱいになった。
お母さんとは
たまに電話で話しているけれど
お父さんと話すのは本当に久しぶりのことだった。
「ねぇ、お父さん!
私ね、本を読んでみようと思うんだ。 どんな本を読めばいいかな?」
元気な声で尋ねた。
お父さんは私の唐突な質問に
驚いたようだったけれど、すぐに声が明るくなった。
少しのあいだ
お父さんと話しながら
膨大な量の本に囲まれたお父さんの部屋を思い出していた。
外の喧騒を一切遮断するかのような本棚
光さえも遮断された書斎で
お父さんはいつも何を考えていたのだろう。
17歳で家出した娘のことを
少しはあの部屋で想うことはあったのだろうか。
それとも
本の世界に逃げ込んだだけだったのだろうか。
「じゃあ、お父さんが選んで本を送ってあげるから待ってなさい」
「本当? 今、他所にいるの。 住所言うね」
私は楽屋の住所を伝えた。
「明日送る」
お父さんはぶっきらぼうに
だけど喜びを含んだかんじで電話を切った。
2日後
速達で2冊の本と
数万円ぶんの図書券が届いた。
手紙も添えられていた。
「おまえが読書に興味を持ったということはうれしい便りでした――――
――――お父さんの世界も知ってくれればと思い本を選んできました。
気にいってくれるといいのですが。」
送られてきた2冊は
哲学入門書という横帯が入った『ソフィーの世界』という本と
漫画仕立ての『フロイト』という本だった。
90年代は「自分探し」とか「自己啓発」ブームだったんですよねー。精神に傾向した時代背景があり
あの時の私にはちょうどいいタイミングだったんだと思います。 現代書館という出版社が出している
「フロイト」は漫画で読めるのでお薦めですよ。 わかりやすいと思います。
ソフィーの世界は当時の大ベストセラーだったので読んだ人も多いのではないでしょうか?
哲学って難しい本がほとんどだけど、あれは世界で一番やさしい哲学の本という呼び込みだったよね。
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