第267話 ひまわり
雨に濡れた髪を
急いでドライヤーで乾かし
舞台に上がった。
暗幕が開くと同時に
視線は彼の姿をとらえた。
この間と同じ席に座っていた。
リピーターということは
瀬奈姐さんあたりのお客さんなのかも
そう思いながら
他の客とは差異をつけた微笑を送った。
彼は目を見開いて少し歪な笑顔を返した。
最後の曲を踊り終えて
ステージの中央で手を振ると
パッと暗転になる。
舞台の脇に投げ出された衣装を拾い上げて
袖に戻ろうとすると「まりもちゃん!」と
暗闇の客席から大きな声があがった。
驚いて振り返ると
彼がステージに向かって花束を差し出していた。
スタンバイしていた瀬奈姐さんがジロリと睨む。
急いで花束を受け取りすぐに袖に引っ込んだ。
「すいません」
小声で謝ったが早いか
瀬奈姐さんの曲はもう始まっていた。
普通、花束やプレゼントを渡すのは
最後の曲で客席を廻っているときだ。
他の客がそうしているのだから
見ていればわかりそうなものなのに
彼はあまりにもタイミングが悪かった。
大輪のヒマワリの花束を見ながら
私目当てだなんて意外だなぁと
不思議な気持ちになった。
ヒマワリを生けた花瓶を持って楽屋に戻ると
2人の姐さんから
「あの男の子、まりもちゃんのお客さんなんだ?」
と尋ねられた。
楽屋では
彼の噂話に花が咲いていたらしい。
そのくらい彼は
ストリップには珍しいタイプで
客席では目立つ存在だった。
「私も今初めて花束もらって驚いたんです。
今回ついたお客さんなので話したこともないですけど」
私は言った。
「そうなんだー。 ちょっといい男よね~!」
他の姐さん達は
瀬奈姐さんが出番でステージにあがっている時だけは
気軽に話しかけてきてくれる。
くだらない女の習性には
ほとほと嫌気がさすけれど
そういう世界にいるのだからしかたがない。
それから
彼は連日ロック座に顔を出すようになった。
わりと早い午後の時間帯に来ることもあれば
最終ステージの遅い時間に来ることもあった。
1日に2度来てくれたこともあるし
毎日必ず花束をくれた。
「ヒマワリ君ずいぶん熱心だねぇ」
瀬奈姐さんがイヤらしい笑いを浮かべる。
私が楽屋泊まりではなく
夜はホテルを取っているから
彼といい仲だと勘繰っているらしい。
私は彼の名前も知らないというのに。
でもたしかに
彼は私の中で気になる存在になりつつあった。
東京から来てくれるオッカケや
金持ちでいろいろプレゼントをくれる客もいたけれど
彼からの花束はなぜか格別にうれしかった。
ストリップに来る常連さんは
花束やプレゼントに必ずと言っていいほど手紙を入れてくる。
こちらからもお手紙の返事をするし
舞台が引けたあとは一緒に食事をしたりもする。
それを楽しみにしているお客さんが多いのに
彼からはカードや手紙の類は一切もらったことがなく
いつも一方通行で正体不明のままだった。
とうとう明日で仙台公演も楽日を迎える。
彼には一言お礼くらいは言っておきたいと思った。
その日
彼から花束を受け取るときに
「いつもありがとう」と舞台上から手を差し出した。
握手をするふりをして
携帯の番号を書いたメモを彼の手の中に捩じ込んだ。
もう一度ニコリと微笑んでステージにターンした。
彼の顔を確認すると
なんとも言えない不思議な表情で
私を見詰めていた。
楽屋に戻って花束をほどく。
両サイドに置かれた大きな花瓶に
バランス良く足していく。
携帯電話が鳴った。
「彼だ」と思うと
胸が急にドキドキしはじめた。
「まりもちゃん! ―――だべ? ―――なのやぁ。 ―――だからやぁ」
早口の東北弁で一気に何かを言われた。
独特のイントネーションと
まるでギャグみたいに聞こえるキツい方言のせいで
ほとんど聞き取れなかった。
「ちょっと待って。 ごめん、 ゆっくりお願い。 あはははは」
私はおかしくて笑った。
彼は一瞬言葉に詰まってから
「日曜日暇? ジェッドに引っ張っていぎてぇーんだけどやぁ、みんなで湖に行くのさぁ~」
とゆっくり話し始めた。
今度はどうにか内容は把握できた。
どうも3日後の日曜日に
友人達と湖にジェットスキーをしに行くから一緒に来ないか
というお誘いのようだった。
いきなり湖に誘うだなんて
どうかしているとしか思えない。
あまりにも唐突すぎて正直ついていけない。
「湖~? 悪いんだけど、10日後には浅草公演なの。
東京に戻らなきゃいけないから無理だわ。
だけど、いつも花束くれてうれしかったから良かったら食事でもどう?
仕事は何してるの? もしかして水商売?」
私はなんとなくホストの営業を疑っていた。
そういう目的があったほうが
よっぽど腑に落ちると思っていたから。
だけど彼はすぐに否定した。
「違うよぉ~。 仕事は昼やってるよ~。
明日終わったら飲みにいくべ。 明日も見にいぐから頑張ってな」
「うん、じゃ明日の夜あけておくね」
約束をして電話を切った。
やっぱり変わっているという印象を受けた。
間が悪いというか空気が読めていないというか
もっと言えば頭の悪そうなかんじ。
でも天然というのとも違う気がする。
とにかく不思議な子だ。
だけど悪くない。
私は彼のことをきっと好きになるだろう。
それは予感というよりも確信に近いものだった。
ヒマワリ君の名前は「俊」というらしい。
本当、場違いだったんだよなぁ。 だいたいストリップってさ、若い男の子は友達と来るじゃん?
1人で通いつめたりとかする子はかなりめずらしぃんだよ。普通に格好良いし。不思議だったなぁ。
てか、今でも不思議だな・・・。 なんであの時ロック座に来たんだろうなぁ。 うぅ~む。
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