第341話 躁転
この頃の記憶は曖昧だ… あまり覚えていない…
時事系列がよくわからない。間違っているかもしれない。
どの話が先だったか… わからないので全部書いてしまうね。
何も考えることができなかった。
何も感じることができなかった。
時間を潰していつもどおり出勤した。
仕事を終えて家に帰ると
私がまとめた状態のまま
俊ちゃんの荷物は置きっぱなしだった。
彼が出ていってなかったことに安堵して
どっと疲れが押し寄せた。
風呂にはいる。
ドライヤーで髪を乾かす。
ベッドに入り目を閉じる。
眠りに落ちた。
目が覚める。
俊ちゃんが隣で寝ている。
ほっとして俊ちゃんを見詰めた。
長い間、見詰めた。
胸がゆっくりと上下している。
こんなに近くにいるのに
心は遠く離れているようで切なくなる。
手足に力が入らない。
体がだるくてしょうがない。
偏頭痛が酷くてバファリンを飲んだ。
ちゃんと話し合いをしなければと思う。
だけど、話し合って何を解決できるのかが分からない。
俊ちゃんが目を覚ますのを待つ。
何を考えるともなく時間をやり過ごす。
俊ちゃんは目を覚まさない。
狸寝入りかもしれない。
出勤時間になると
私は諦めて家を出た。
次の日も同じだった。
その次の日も同じだった。
何の会話もないまま3日が過ぎ
出口の見えないトンネルの中で
もう限界だと感じた。
その日
寝ている俊ちゃんを起こして言った。
「もうやめにしようよ。
このまま一緒にいてもしょうがないよ」
そして、少し迷ってから付け加えた。
「今日、私が帰ってくるまでに出ていって」
ドアを開ける。
エレベーターに乗る。
足早にマンションを出て国文町に向かう。
交差点で北風がビュゥっと吹き付けた。
寒かった。
帰ってくると
俊ちゃんの荷物がなくなっていた。
頭の中が真っ白になった。
次の瞬間ケラケラと一人で笑っていた。
笑い続けて息苦しくなった。
それでも笑いの衝動はなかなか収まらなかった。
どのくらい笑っていただろう。
呼吸を整え「馬鹿だなぁ」と独り言を言った。
どうせ私達は離れられない。
少し冷却期間を置けばまた仲良くなれる。
離れたら尚更
お互いがどれだけ強く惹かれ合っているかに気付くだけのことだ。
俊ちゃんは運命の人だ。
最後は絶対に一緒になれる。
窓辺に立って空を見上げた。
星も月も見えなかった。
「これは二人の愛を確かめる試練なんですか?」
私は神様に尋ねてみた。
また笑いが込み上げてきた。
何かのスイッチが入ったみたいだった。
私の中からネガティブな感情の一切が消えていた。
全く悲しくなかった。
全く寂しくなかった。
全く不安じゃなかった。
「私と俊ちゃんは赤い糸で結ばれてるんだもん」
私はまた独り言を言い、笑った。
無理やりそう思い込んだわけではない。
私は確実にそう信じ切っていた。
一人になった私は本当に元気だった。
完全に躁転していた。
それからも私と俊ちゃんは
何事もなかったかのように毎日電話をかけあった。
「もしもーし、今仕事終わったところ。 そっちは調子どぉ?」
「やっぱり一緒にいないと寂しいよね」
「早く戻っておいでね♪」
会いたくなればMoonに顔を出した。
帰る時は、エレベーターの中でキスをした。
私は俊ちゃんが好きだった。
早く帰ってきて欲しかった。
何故なんだろう?
俊ちゃんは帰ってこなかった。
忘年会シーズンになり
店はいつもに増して忙しかった。
暮れの差し迫る一番忙しい時期に私の誕生日がやってきた。
この1年の集大成。
でっかい花火を打ち上げてやる!
と私は意気込んでいた。
誕生日は週末だったこともあり盛大に執り行われた。
「祝!お誕生日」と書かれた札を掲げた花台。
店に入りきれない花束はエレベーター前にずらっと並べられた。
小さな花篭は同僚のホステス達からのもの。
客からは、色とりどりの薔薇、新鮮で豪華な胡蝶蘭、
香りにむせかえるほどの百合やカサブランカが山のように届いた。
中でも目を引いたのは『笑っていいとも』でよく見かけるスタンド花。
東京では珍しくないけれど仙台では馴染みがないようで皆が驚いていた。
俊ちゃんは一番大きくて立派なスタンド花を贈ってくれた。
私はご機嫌だった。
早い時間からシャンパンを飲んで酔っ払っていた。
大勢の客が駆けつけてくれて
皆からお祝いしてもらえて嬉しかった。
閉店1時間前に俊ちゃんが来てくれた。
その後も指名が重なったけれど
高梨が気をきかせて一番最後に俊ちゃんの席に回してくれた。
私は客の目もはばからず
俊ちゃんに寄り添ってグラスを重ねた。
「この花の数、歴代1位だって!
私頑張ったよぉ~! 褒めてー♪」
私は遠慮なく俊ちゃんに甘える。
「まりもは凄いね!」
俊ちゃんが優しく微笑む。
誰よりも格好良い
スーツ姿の俊ちゃんを見て私は満足する。
「ねぇ、なんで帰ってきてくれないの?」
離れている理由が分からなくなって尋ねた。
「意地はってるのぉ~?」
私は拗ねたように頬を膨らませた。
俊ちゃんは
笑っているようにも哀しそうにも見える不思議な顔で言った。
「誕生日おめでとう」
閉店時間になった。
全ての客の見送りをすませてから
俊ちゃんの席に戻った。
会計が終わると
「女王様の誕生日の締めに一枚撮りましょう!」
と高梨がポラロイドカメラを持ってやってきた。
俊ちゃんが贈ってくれた花をバックに
二人でギュゥっと抱き合った。
「ハイ、チーズ」
高梨の合図でにっこりと笑った。
高梨も同僚のホステス達も
その様子を微笑ましそうに眺めていた。
写真には
幸せそうに頬をくっつけて笑う二人の姿が浮かび上がった。
年が明けた。
いつ俊ちゃんが帰ってきてもいいように
私は正月も実家に帰らなかった。
ラトゥールは正月の三元日も営業があり
休みを取りたいホステスが多い中、私はすすんで出勤した。
それからしばらくして
「大事なミーティングがある」と高梨に呼ばれた。
栄子と真由美と純も一緒だった。
普段は行くことがない
事務所の最上階にある応接室で待たされた。
常務がミーティングに同席すると知り
私達は緊張して身を固くした。
「サテラが大々的なリニューアルをするにあたり
店全体でホステスの移動があります」
高梨はそう切り出すと
「この4人はセラフィに昇格することが決まりました」と続けた。
いつかはクラブに移るのだろうと思っていたけれど
私が想像していたよりも随分早かった。
それから常務が厳しい顔で
『徹底した成果主義』の話と
『資本は自分自身』という小難しい話をした。
これからクラブに移動するまでの間
毎週ミーティングがあるということだった。
「もうボディコン着なくていいのか! 嬉しいぜ!」
事務所を出ると私は一人でキャッキャとはしゃいだ。
他の3人は不安の方が大きいのか浮かない顔をしていた。
私はとくに怯むこともなく
むしろ新天地に対する期待の方が大きかった。
クラブに移っても
No1でいられるという自信もあった。
ある日メイクに入ると
杏奈が遊びに来ていた。
杏奈は他の友達のホステスと話をしていた。
「久しぶりだねー! 元気してた?」
私が杏奈に声をかけると
彼女は思いもよらないことを言った。
「まりもちゃん、知ってる? 俊君が結婚したの」
私は無言で「何のこと?」という表情を向けた。
「知らなかったんだ…
俊君のお客さんで、ゆりぽんって子いたでしょ?
あの子と結婚したらしいよ」
杏奈は決まり悪そうに眼を逸らした。
どう返事をすればいいのか分からなくて私は黙っていた。
杏奈は一呼吸置いてから言葉を捜し
「何でなんだろうね…」と首を小さく横に振った。
しばらく考えてみたけれど
杏奈の言葉の意図が見えなくて
私はあからさまに不愉快な顔で尋ねた。
「なんでそんな嘘をついてんの?」
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今週で『ハプニングバーにハマった人妻』の話はおしまいです。
