第299話 クラッシュ
「こっちに来なさい!」
駅員はハァハァと息切れしながら
私の左手首をグィと締め上げて怒鳴った。
「助けてくださいっ! この人! 駅員じゃないんです!
制服着てるけど違うんです! 私を誘拐しようとしてるの! 誰か助けてっ!」
私は最後の賭けに出た。
大声で叫びながら涙で視界が滲んだ。
遠巻きにこちらを見つめているホームの人々が
一斉にザワつく。
「何を意味のわからないことを言ってるんだ! さぁ! こっちに来て!」
駅員は私の勢いに押されながらも腕を掴む力を緩めない。
「お願い! 誰かっ! 助けてっ!」
私は駅員に引きずられながら
なりふり構わず泣き叫ぶ。
新幹線を待つ列の中から
サラリーマン風の若い男がこちらに歩いていくる。
男は駅員の前に立ちはだかると
「いったいどうしたんですか?」と説明を求めた。
私は縋るような気持ちで
「この人駅員じゃないんです! 助けてください!」と懇願した。
「この子ね、切符持ってないんですよ!」
駅員は当然のように
自分は何も悪くないと主張する。
「私逃げてきたんです! この人達の組織に命を狙われてて!
このホームにもたくさんいるんです! 方耳にイヤホンしてる人がそうなんですよっ!」
私は必死で現状の説明を試みるが支離滅裂で
男は明らかに困惑している。
時新幹線が到着するというアナウンスが流れる。
男は困ったように私の顔を見ると
「・・・助けてあげたいけど、どうしたらいいの?」と首を傾げる。
「この顔をよく覚えていてください!
きっと私は殺されてしまうけれど、うちの親が必ず捜すはずです!
ニュースになったらこの事を通報してください! お願いします!」
「・・・君の自宅の電話番号を教えてくれる?」
男はスーツのポケットから携帯電話を取り出す。
「そ・・・それは・・・。 ダメなんです!
そんなことしたら家族も皆殺しにされてしまいますから!」
私はそれ以上何も言えず
言葉に詰まったまま泣き崩れた。
「この子ね、精神病院から逃げてきたんですよ」
駅員が溜息交じりに話を遮り
私のビーチサンダルを指差した。
「・・・そうなんですか?」
男は半信半疑で私の方を見る。
私はとても酷いことを言われたと感じて
駅員の手を振り払い睨みつける。
「どうしてそんな嘘をつくの!!」
私の金切り声がホーム中に響き渡る。
同時にホームに新幹線が入ってくる。
「ごめん・・・ 行かないと・・・」
男は後ろ髪を引かれるような表情で列に並びなおす。
「待って! 助けてっ!」
ホーム中央の階段から
駅員らしき二人がこちらに向かって急いで走ってくる。
近づくにつれ
彼らが駅員ではないことが分かる。
紺色の制服には
『鉄道警備隊』というワッペンが縫い付けられている。
警察だった。
何事もなかったかのように
新幹線は時刻通りに発車する。
逆側のホームにも盛岡行きの新幹線が入ってくる。
駅員と二人の警官に両腕を抱え込まれ
私は引きずられながら来た道を連れ戻される。
『鉄道警備隊派出所』という小さな部屋に押し込まれる。
「とにかく落ち着いて! 座りなさい」
一人の警官から回転する丸い椅子を促される。
「どうしたのか説明できる? 君はどこから来たのや?」
デスク越しに初老の警官が私の顔を覗き込む。
「……彼氏と同棲してるんだけど、喧嘩して出てきたの。
だから、携帯もお財布も持っていなくて…」
私は当たり障りのない返答をして相手の様子を伺う。
「そうなの?じゃあ彼氏に迎えにきてもらいなさいよ
もう二度とこんなことしたらダメだよ?」
警官の生温い対応を私は意外に思う。
「……このまま帰ってもいいってこと?」
「一応、身元引受人ってことで彼氏か家の人に来てもらえない?」
「……彼氏は嫌です。それに実家は東京なんです」
「じゃ実家に電話して」
「嫌です」
「嫌って、それじゃ困るよ。じゃ彼氏に電話する?」
私は少しの間考える。
「親戚のところに電話してもいいですか?」
「かまわないよ」
私は母の妹
つまり私の叔母にあたる人に電話をかけることにした。
なるべく多くの人間を巻き込むことで
自分の身が安全になるのではないかと考えたからだった。
だけど
コール音の途中で思い止まり受話器を置いた。
やはり迷惑はかけられない。
初老の警官は重い溜息を吐いてから立ち上がると
見守っていた二人の警官となにやらヒソヒソ話を始めた。
しばらくして相談が終わったのか
初老の警官が私の前に戻ってくる。
「もう終わり。 帰っていいけど二度とダメだよ」
初老の警官は腕組みをして戒めるような口調で言う。
「…え? …本当に?」
結局私は
追い出されるような形で詰め所を後にすることになった。
警察に捕まって
敵の手の中に戻ることになると思っていた私は
拍子抜けして途方に暮れた。
もしかしたら敵は警察とは内通してないのだろうか。
わからない。
その後も行き場なく
仙台駅の構内でじっと当たりを伺っていた。
七夕祭りのせいで
仙台駅は人で溢れかえっている。
私は
時々場所を変えて敵の動きを観察する。
これからどうすればいいのか検討もつかず
ただ経過する時間に身を委ねるしかなかった。
さっきの鉄道警備隊の三人が
また私のところへやってきて声をかけた。
「ご両親と連絡が取れて迎えに来ることになったから
今から仙台中央警察署に連行するからね?」
私は不審に思う。
どうして実家の電話番号がわかったのだろう。
きっと敵の権力者が警察に圧力をかけてきたのだ。
だけど
私にはもう逆らう元気が残っていなかった。
小さく頷くと警察の後に続いた。
ターミナルに一台のパトカーが待っていた。
私が乗り込むと警官が左右から挟みこんだ。
「暑いからなぁ…」
初老の警官が独り言のように呟いた。
仙台中央署につくと
入ってすぐ右側にある階段を下りるように言われた。
警官に連行されて薄暗い地下に下りていく。
鉄格子の入り口があり
頑丈そうな錠前が三つもついている。
初老の警官が
上から順番に鍵を開けている
担当に警察官に私を引き渡す。
中はいくつもの個別の牢屋になっているようだ。
その中の一つに
私は入るように言われる。
和式の便器と安物のトイレットペーパー
塩化ビニール製のオレンジ色のマットレスだけが置いてある。
「これで感電させるの!? ねぇ! そうなんでしょ!!」
私はオレンジ色のマットレスに恐怖心を抱いて警官に飛び掛る。
警官は私を牢屋の中に突き飛ばすと
すかさず鍵をかけ
「おとなしくしてろ!」
と言い残して去って行った。
少し離れた場所にデスクがあり
そこで警官は書類に何かを書いているようだった。
私は鉄格子をガンガン叩いた。
「開けてよ! こんなところで一人で感電するなんて嫌なのよ!
俊ちゃんのとこに帰してっ!」
そんなことを延々と叫び続けた。
私はいつ電流を流されるのかという恐怖心から
牢屋の床にトイレットペーパーを敷き詰め始めた。
それは
電流を流された時に紙が燃えて火事になれば
事が発覚しやすいのではないかという馬鹿げた抵抗だった。
どのくらいの時間が経過したのかわからない。
鉄格子を空ける鈍い音が響いた。
「出なさい」
私は牢屋から出された。
「もう疲れたよ…… さっさと殺してよ……」
本当に疲れ果てていた。
足のマメが潰れてとても痛かった。
朦朧として
フラフラと階段を上りきった私は幻覚を見た。
「お父さん! お母さん!」
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