第210話 踊り子の足枷
早朝の白っぽい陽に包まれはじめた歌舞伎町は
やたらと明るく感じられる。
各店から見送りに出てきたホスト達、酔っ払いの女客
客待ちのタクシー、ゴミ袋に群がるカラスやドブネズミ。
悪くない風景だ。
私はこの時間の区役所通りが好きだった。
眉毛が半分くらい消えてなくなっている蘭華姐さんは
大酔っ払いで自力で歩く事が出来ない。
千鳥足でふらつく姐さんをしっかりと支えながら
楽屋までの道を歩き始める。
蘭華姐さんは全体重を私にまかせて
ヴィトンのポシェットを地面にひきずりながら
ぐにゃぐにゃと歩く。
「蘭華姐さん大丈夫ですかー? すぐつきますからね。 バッグ持ちますよ。」
もう一頑張りだ
と私は気合を入れる。
「まりもちゃんは、この世界にはどのくらいいるつもり?」
呂律は回っていないけれど
蘭華姐さんの意識は意外としっかりしているようだ。
「先のことは考えてないですね~。
とにかく早く楽屋や姐さん達に馴染んで、舞台にも慣れたいって思ってます。
まだ全く勝手がわからない新参者ですからねぇ。」
私がそう言うと蘭華姐さんは足を止め
「慣れちゃだめ・・・染まっちゃ・・・だめよ」
と消えてしまいそうな声で呟いた。
言葉の真意がわからずに私が黙っていると
蘭華姐さんは続けて話し始めた。
「この世界で長いことやっていくのはきついもんだよ。
年をとるとね、踊りが上手ってだけでは使ってもらえなくなるんだ。
杏いるでしょ? まりもちゃんの隣の子。
あの子は本当にいい踊り子だったんだ。
子供の頃にジャズダンスを習ってたとかでね
リズム感が良くて、ダンスにメリハリがきいててさ。
いつからか天狗ベッドなんてやるようになっちゃったけどね。」
蘭華姐さんは遠くを見つめてそう言う。
「天狗ベッドって何なんですか?」
「まりもちゃんははそんなことも知らないのか。
天狗っていうのは玩具だよ、あそこに入れるやつね。
盆の上で出し入れしてんのを客に見せる出し物のこと。
でもね、杏はまだいい方かもね。
楽屋の一番右端の一条なんて
まだ三十路も超えてないってのにタッチショーやってんだよ。
あの子だって踊りは上手なのにね。
踊るのは2曲だけでさ、そこから先は
客の手をおしぼりで拭いてあそこに指をつっこませるんだ。
出と出の合間によく婦人科の病院に通ってるよ。
やれ、雑菌が入ったとか炎症おこしたとかでさ。
不潔なやつや乱暴なやつも中にはいるんだろうね。」
「えー・・・ なんか割りに合わないことやってるんですねぇ。」
私はつい正直な感想を口にしてしまう。
「初めてこの世界に入ってきた時にはさ、誰だってそんなことするつもりで入ってきやしないよ。
最初のうちはね、踊り子をやりながらも自分なりのモラルや誇りを持ってるもんなんだ。
でもねえ、長いこといると抜け出せなくなるんだなあ。
実際に足枷されてるわけじゃないのに誰もここから出ていかない。
ある時期がくるとね
劇場側からギャラを安く叩かれたり、色物の出し物を要求されるようになる。
嫌ならそこで辞めればいいだけのことなんだけどね。
でも辞められないんだよな。
しかたがないさ、だって選択肢がないんだから。
うちらには行くところも帰る場所もない。
ああ、ここしか自分の居場所はないんだって気がついた時にはもう遅いってね・・・。
それから先はずっと同じことの繰り返しだよ。
少しづつ条件が悪くなってさ、こんなとこもうウンザリだって思いながら
あっという間に1年が過ぎていく・・・」
私はものすごく切なくない気持ちになってしまう。
「でも! 蘭華姐さんは超ベテランなのに出し物は踊りだけなんですよね?
それってすごいことじゃないですかっ! めちゃ尊敬しちゃいますよ!
日舞踊れるストリッパーなんてそういないでしょう?」
私はどういう言葉をかけることが適切なのか解からずに
勢いだけで励まそうとする。
「私がどれだけ努力してると思う?
何時間レッスンして衣装代にいくらつぎ込んでると思う?
本当にダンスシューズに血が滲むまで・・・」
蘭華姐さんはそこで話をやめ
「しようがないね、自分で選んだ道だもんね。」と言った。
私は今にもあふれ出しそうな涙をこらえるのに必死だった。
蘭華姐さんの話は胸を打った。
それは決して他人事に思えなかったからだ。
楽屋の狭くて急勾配の階段を
二人で挟まるようにして降りていく。
楽屋に入ると
オレンジ色の豆電球が一つついているだけで真っ暗だった。
眠らない町にも太陽は昇ったというのに
ここには陽の光が入ることはない。
誰だかわからない姐さんのイビキが聞えている。
寝ている姐さん達を踏んづけたりしないように
蘭華姐さんの手を引いて自分の布団まで連れていく。
「ありがとう、おやすみ。」
蘭華姐さんは簡素にそう言うと
着替えもメイクも落とさないまま横になり
一瞬で寝息を立て始めた。
私はすぐに楽屋から出てタクシーを拾い
ようやく我が家へと向ったのだった。
姐さん方がホストクラブに嵌るのも理解できるよね。
やりきれない想いとか憤りを抱えて生きてるとさ、つかの間でもいいから夢や癒しが欲しくなるよな
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