第230話 大阪
二人で大袈裟に身を寄せ合い
外の物音にビクつきながら
ヒソヒソ声で話し合う。
ユウの指先が
微かに震えているのを見て
このままここで
生活はできないと感じた。
「家にいるとやばいかもしれないね・・・
少しの間、どこか遠くに逃げようよ」
私は提案した。
「遠くって・・・どこに?」
ユウは神経質そうに眉根を寄せ
消え入りそうな声で尋ねる。
「前からストリップの地方公演の話がきてたでしょう?
お金も随分使っちゃったし・・・丁度いいよ。 ジイヤに相談してみる」
DX歌舞伎にのった時のギャラは
本当なら、私とユウの結婚資金と
その後の生活のための貯蓄にあてるはずだった。
私はそのためにストリップに上がったのだ。
なのに
スピードを使用するようになってから
週末ごとのホテル代とネタを仕入れる代金とで
お金はあっというまに無くなっていった。
スピードは1g3万円で
二人で月に3gは必要だった。
ジイヤに連絡して
すぐにのれるストリップ劇場を探して欲しい
と頼んだ。
すでに入っている
仕事のスケジュールのことだとか
ストリップに乗る時は
事前に広告を打たなければならない事を理由に
ジイヤは無理だと言った。
私は
しかたなく
全てを正直に打ち明けた。
アリちゃんのツテで
大阪の天満にある東洋ショー劇場に
無理やり捩じ込んでもらえた。
公演初日は3日後だ。
その代わり
そこの10日公演が終わった後
そのまま京都のDX伏見劇場へ
その後に大阪の十三ミュージックへと
30日間フルで働くという条件付きだった。
どの劇場も楽屋が個室で
特例として
ユウをマネージャーと称して
楽屋に住み込ませる手筈も整えてくれていた。
願ってもいない話で
私はすぐに快諾した。
ユウに荷造りをさせ
衣装や着替えを
先に劇場宛に宅急便で送ると
その晩の最終の新幹線で大阪に発った。
この一ヶ月間は
「スピードを抜こう」と固く約束をし
大阪にネタは持っていかなかった。
初日までの3日間は
難波にあるビジネスホテルに泊る事にした。
状況を聞くため
エミリにまめに連絡を入れていたが
今のところ捜査に進展はないようだった。
東洋ショー劇場の楽屋は完全に個室で
姐さん達とはフィナーレで顔をあわせる意外は
ほとんど交流がなく
トラブルに見舞われることもなかった。
ユウは楽屋で
朝から晩までずっと勉強している。
私は時折
劇場の周りの商店街を
ウィンドウショッピングして歩く。
大阪で売っているものは
東京よりも派手なものが多く
とくに靴は可愛いものが多かった。
一日のステージが終わると
御堂筋にあるお好み焼屋や
難波にある有名なラーメン店で腹を満たした。
「もうすぐ簿記の試験あるんだ」
中日を過ぎたあたりの
ステージの合間にユウが言った。
「そうなんだ? 受かるの?」
私は読んでいたファッション雑誌から目を上げた。
「最初さ、模試の結果で78%くらい合格率があったんだ。
でも・・・スピードやるようになってから・・・実は50%切っちゃってて・・・。
今回は諦めようかと思ってたんだけど、やっぱり受ける事にした。
もう遅れは取り戻せたと思うんだ。 受かると思う」
「えっ! ・・・そうだったんだ? やばかったんだね・・・。」
スピードの影響が
勉強面にそれほど及んでいたことに
私は驚きを隠せなかった。
「うん・・・。 ごめんな」
ユウはとても申し訳なさそうな顔をする。
「でも、大阪来てからすごい勉強してるもんね?
私が退屈で、もっと構って欲しいって思うくらいだもん。 あはっ」
「このままじゃダメだって思ったんだ。
簿記の試験に合格したら、次は税理士の通信教育を受けるよ。
本当に大変なのはまだまだこれからだ」
ユウの顔つきが変わった。
「なんだか頼もしいわね。 ・・・ありがとう」
なぜだか
「ありがとう」という言葉が口から出てきた。
私達は見詰め合って
優しい微笑みを互いに向けあった。
清々しい幸福の風が
二人の間を確かに流れた。
久しぶりに
安らかな気持ちになった。
ドラッグなんてない方が幸せだ・・・
今ならまだ戻れる・・・
このとき私達はそう感じていた。
パクられる恐怖と不安からストリップの地方公演に逃げたわけなんだけど
ネタが手元にないというのは何よりも心理的に良いことだったみたいです。
『あったらやってしまうけど、なければやらない』 この頃はこのレベルだったんだね。
携帯らぶどろっぱーはこちら![]()
