らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】 -113ページ目

第240話 谷底

宝石ブルー携帯からの目次を作りました  



「なっ 何わけわかんないこと言ってるのよ!」


ユウを診察室に入れたことを後悔しながら睨み付けた。


ユウは私に怯むことなく

真剣そのものといった顔で

医者の目を真っ直ぐに捉えている。


「ドラッグといいますと?」


医者は

ユウからゆっくり私に視線を移し

不審な表情で返事を待つ。


「いえっ・・・ ちょっと具合が悪くて・・・

風邪薬なんかをけっこう飲んだものですから・・・」


私は苦しい言い訳をする。


医者に薬の種類を訊かれ

バファリンだとかパブロンだとかの

市販されている風邪薬の名前をいくつか出す。


「そうですか」


医者は机の引き出しを開けて太いバインダーを取り出すと

円グラフや棒グラフの並んだ資料を捲りながら

薬と奇形児の関連性や伴うリスクの説明を始めた。


私は動揺して

頬の火照りを感じながら

医者の話をほとんど聞いていなかった。


覚醒剤をつかっていたのだから

今受けている説明はなんら意味を持たない。


私は知っていた。


覚醒剤の入った母体から生まれた赤ちゃんは

「ヒロポンベイビー」と呼ばれる奇形児になる可能性があることを。


「先生。 とにかく・・・ 私はおろしたいので

明日の午前中に手術の予約を入れてください」


医者の説明を遮って私は言った。


「それは、お二人でご相談なさってください。

それから、もう一つの質問の方ですが

中絶手術の立会いは出来ません」


医者がユウに向き直り言う。


ユウは憮然とした表情を返す。


重苦しい沈黙が降りてくる。


「どういたしますか?」

医者から促される。


「考えさせてください」

ユウがすぐに返事をする。


私は極限までイラつきながら

「保留にする気はありません。 明日の一番で手術してください」

と頑なに主張する。


医者は困った様子で

「それでは明日の8時半にいらしてください。

もしも中止する場合は本日中にお電話をください。

手術の時は必ず同意書を持ってきてください」

と言い、机に視線を戻すとカルテにスラスラとボールペンを走らせた。


会計を済ませて病院から出る。


エレベーターを待つことが出来ず

非常階段を使ってビルを降りていく。


暴発しそうな感情を

どう取り扱っていいかわからない。


混沌とした感情の全てを「怒り」と認識して

処理することしか出来そうもなかった。


ビルから出ると

両手を膝につき

息切れしながら地面を見つめた。


カンカンカンと

非常階段を下りる音が響き

ユウが追いつく。


「あんた、バカじゃないの!?」


顔の角度だけを上げ

下からユウを見上げる。


ユウの背後のビルの谷間から

冬の低い雲が空を覆っているのが見えた。


水分を含んだ重い空気の歌舞伎町は

今にも雨が降ってきそうだったけれど

どうにか持ちこたえていた。


一方通行の狭い道は

太陽の差し込まない谷底みたいで

濃い灰色のフィルターをかけられた世界のようだった。



ユウの手には

まだ形を成していない

数ミリの丸い影しか映っていないエコー写真が握られていた。


「俺、この写真、一生持ち歩くから」


そう言いながら

写真を財布の中に仕舞い込む。


ユウの頬に涙が伝う。

幾筋も止め処なく溢れてくる。


どうすればいいのかわからない。

なにをいえばいいのかわからない。


心臓がいきなり不規則な鼓動を刻む。


「もういいよっ! 私、出の時間だから戻るよ!」

言い捨てて、楽屋に向かって歩き始める。


「まりも、 俺はまりもにだけつらい思いをさせたくなかった。

だから、手術に立ち会えば、俺の記憶に生涯焼きつくだろうし

痛みやつらさを少しでも・・・ ごめん・・・ ごめんな」


後ろから嗚咽を伴うユウの声が聞こえてくる。


私は一度振り返る。


ユウは今にも泣き崩れんばかりに

両手で顔を覆いながら私の後をのろのろと付いてきている。


通行人が皆

好奇の目で私達を見ている。


ぐわんぐわんという

大きな耳鳴りがする。


体の芯が冷え切っているのに

顔の表面だけが燃えるように熱くて

じっとりとした汗が額に浮かぶ。


目が回って吐き気がする。


乾いて張り付く喉が嫌で

何度も唾液を飲み込む。


致命的な緊急時に

身体が出すサインの氾濫。


自律神経が完全にどうにかなってしまったようだった。



私はそのままユウを無視して

楽屋の階段を下りていった。


何も考えることが出来なかった。


ステージでは

いつも通りきちんと踊った。


事務所に出向きアリちゃんに

「明日、一番でおろしてきます」

と簡素な報告をした。


アリちゃんはバツが悪そうに私を見ながら

出の順番を遅らせるか?と何度も訊いたけれど

私は大丈夫だと言い張った。


仕事を終え

家の玄関を開けると

真っ赤に目を腫らしたユウが待っていた。


上瞼と下瞼の隙間はほとんどなく

目を開いているのかもわからないような様相だった。


ユウはかすれた声で

「話し合おう」と搾り出すように切り出したけれど

私は何も話す気になれなかった。


「ユウ、今回は残念だったけど、今は試験に集中して。 お願い」


言い残しベッドルームの扉を閉めると

すぐにベッドに身体を投げ出した。


なにもかんがえたくない


隣の部屋から

ユウのすすり泣く声が漏れ聞こえてきても

私は気に留めることなく眠りに落ちていった。




明けましておめでとうございます^^ 本年もどうぞよろしくお願い致します。

おみくじ引いたら「吉」でした。悔しくてもう一度引いたら「小吉」に汗
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