らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】 -112ページ目

第241話 欠落した記憶

宝石ブルー携帯からの目次を作りました  


その日

私は二度目の中絶手術を受けた。


小さな部屋で目を覚まし

点滴の針を自分で引き抜いた。


麻酔が抜けきっていないフラフラ状態のまま

ユウに抱きかかえられるようにして病院を後にした。


ナース帽に黒いラインが3本入った看護婦から

「まだ寝ていてくださいっ!」という威圧的な制止を受けるまでの記憶がない。


あの日どうやって病院まで行ったのか

その時のユウの様子はどうだったのか

私達は何か言葉をかわしあったのか

今の私には語ることが出来ない。


記憶は薄れたのではなく完全に欠落している。



少しの間

喫茶店でユウと向かい合っていたけれど

私達はどちらも言葉を発しなかった。


子宮が収縮する痛みが

短い間隔で波のように襲ってくる。


だけど

胃を丸ごと押し上げるみたいなあの吐き気は

嘘みたいに消えていた。


ぬるくなったミルクティに口をつける。


腕時計を見ると

出の時間が差し迫っていた。


「時間だ。 仕事行く。

ユウ、私大丈夫だから。


今はまだ気持ちの整理がつかないけど

少しすれば、元気になると思う。 


そしたら、今回のこと、二人で見つめなおそう。

このまま、なかったことにはしないで。 

ちゃんと話し合って、受け入れないといけない。

うん、 そう。 今はまだ無理だけど。


私、勝手だけど・・・
明日の試験、絶対にパスして欲しい。

今まで、ずっと頑張ってきたこと、結果に結びつけてもらいたい。


だから、 お願い。 

気持ちを切り替えて、明日の試験のことだけを考えて。

ユウ、 私、大丈夫だから。

家に戻って、勉強していて。  大丈夫だよ、私は」


頭に浮かぶ言葉をただ繋げて言うのが精一杯で

とてもおかしな日本語になった。


自分に言い聞かせるかのように

大丈夫という言葉をやたらと連発した。


ユウは黙っている。


力なく肩を落して

斜めに傾いた顔は微動だにせず

まるで彫刻みたいに固まったままだ。


頼んだウーロン茶にも

一口も口をつけていない。


ユウからは

生気が全く見て取れず

魂が完全に抜けてしまったようだった。


「ユウ? 私、仕事に行かないと」


テーブルの隅に置かれていた伝票を取り立ち上がる。


ユウは動こうとしない。


「払っておく」


きっとユウも気持ちの整理をつける時間が必要で

少しほっておいてあげた方がいいのだろう、

そう思いながら私は一人で喫茶店から出た。



楽屋に入ると

いつもと何も変わらない一日が始まった。


「まりもちゃん、具合はどう?」


バスタオル姿の静香が声をかけてきた。


「うん、 風邪は治ったみたぃ。 でも生理になっちゃったんだぁ」


私は口の端を意識的に上げながら言った。


下半身からは

かなりの量の出血が続いていて

術後、大きなナプキンをあてがわれていた。


3日はお風呂に入ってはいけないと言われていたけれど

すぐにシャワーを浴びてタンポンを挿入した。


眉毛を整えるための小さな鋏で

タンポンの紐を根元からカットする。


足をやや開いて手鏡で確認する。


問題ない。


ステージではいつもよりも動きを抑えて踊った。


盆の上でも

足はほとんど開かず

クライマックスのブリッジもしなかった。


静香と瑠菜と一緒に

カツサンドの出前を頼む。


「おいしぃ」


食べ物がおいしいと感じるのは久しぶりだ。


食後

凝血剤と抗生剤をお茶で流し込む。


何も知らない二人は

気楽なバカ話ばかりする。


いくらか気が紛れて

私にはありがたいことだった。


アリちゃんが

様子を見に楽屋にやってきた。


ケロっとしている私を見ると

「おまえは根性あるの~」と

感心して首を何度か縦に振った。


静香と瑠菜が

不思議な顔で私を見る。


私はアリちゃんに片目を細めて目配せをする。


察したアリちゃんは
「まー 頑張りや!」と

私の頭を一つ撫でると楽屋から出て行った。


「ねえ! アリちゃんて、まりもちゃん贔屓だよね?」

静香が探るような目つきで尋ねる。


「そんなんじゃないって」

私は受け流し、別の話題をふった。



子宮が収縮する痛みは一日中続いた。


くぅーーとお腹を締め付けられるたびに

現実に引き戻された。


その日の全てのステージを終えると

私はいつもよりも早く家路についた。


長い一日だった・・・


ユウは大丈夫だろうか

帰ったら優してあげよう・・・


傷ついたのは私だけじゃない

ユウ、きつそうだった・・・


私、ずいぶんユウにつらくあたってしまった。

ユウが悪いわけではないのに・・・


ここ数日

ユウのことを思いやる余裕が私にはなかった


酷いこといっぱい言った気がする


タクシーの中で

最近のユウの様子を思い出していた。


「ただいまぁー」


玄関を入ると

私は明るい声で帰りを知らせた。


返事が返ってこない。


ユウはリビングで煙草を吸っていた。


「ただいま」


「おつかれさま」


短いユウの言葉に微妙な震えのようなものを感じた。


「部屋暖かぁーぃ! 今日、すっごい寒いよ、雪でも降ってきそぉ」


私はコートを脱ぎながら

ユウの様子を伺う。


ユウは私を見ようとしない。


「コーヒー飲もうかな。 ユウは?」


私はフリース素材のスウェットに足を通しながら訊く。


「あ、 ああ、 俺がいれるよ」


ユウの声はやっぱり震えている。


ソファーにかけて

ユウがコーヒーを入れてくれるのを待つ。


二つのマグカップを持ってユウが戻ってくる。


「ありがと」

ユウに微笑み

カップを受け取る。


ユウの指先に触れた時

強烈な違和感を感じた。


外から帰ってきた私の手よりも

ユウの指先はうんと冷たかった。


部屋は暑いくらいに

暖房がきいているのに。


ユウは私と目を合わせようとしない。


強張った頬をヒクつかせ

目は焦点が合わずに虚ろだ。




「・・・嘘でしょ?」




ユウはビクっと体を不自然に揺らすと

私を一瞬見てからすぐに目を逸らした。


私は思い過ごしであることを祈りながら

目を閉じた。


深呼吸をするように

胸いっぱいに息を吸い、吐いた。


ゆっくりと目を開けると

ユウを見据え低い声で言った。


「あんた、シャブくってるのね」





把握すべき現実を前に私は恐怖心でいっぱいになった。

まさか、そんなはずはない、 祈るような気持ちでいたのを覚えている。
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