もともとを言えば、わたしはドライアイの症状が酷くて、ずっと眼医者さんにヒアルロン酸入りの目薬を処方してもらっていました。 でもわたしのドライアイには、理由があって、それは、20年ほど前にレーシック手術を受けていたことと、仕事でずっとPCを見ていたからです。  でも更年期に入るまでは(48歳から)は、近くは問題なく見えていたし、両目の視力は1.2-1.5あって、ドライアイでかすむ、しばしばするのを、目薬をさしていれば、日常生活も仕事も問題なかったのです。

 

それがっ、更年期が始まり、身体中のあちこちが渇き始めると、1.2-1.5あったはずの目が、あっという間に、近くも遠くも、すぐかすんで見えなくなったしまったのです。ヒアルロン酸入りの目薬をいくらさしても、その直後は見えても、すぐ見えなくなってしまいます(涙)、特に近くが見えなくなってしまったのです。これは銀行勤めという細かい数字を扱う仕事にとって、かなり痛手です。 私が、まだ若かりし頃、職場では、細かい数字の資料を準備してミーティングに臨むと、資料もろくすっぽ見ずにしゃべりだし、挙句の果てに怒り出すおばさんやおじさんがよくいました。 今自分がそうなってみて、初めて彼らの気持ちがわかりました。 資料の文字が小さすぎたのですね。。。。

 

老眼になると、日常生活においても、小さな文字を見るのがいやになります。新聞や文庫本、雑誌など、本来気楽に楽しめるはずのものが、苦痛になってしまったのです。 ここにおいて、老眼よりまずいのは、 目から入る情報を自分で減らしてしまうと(もともと目から入る情報に頼らない人は別として)、脳全体の働きが弱まり、記憶力や判断力も落ちてくることです。 わたしの頭には、晩年、入院して時間もあるのに、本や雑誌すら読む気力を失くして、ただぼ~~っと、ベットに横たわる亡き母の姿でした。 わたしも、ゆくゆくは、ああなるのかしら???

 

ここで私は、また闘う決意をしました!まず老眼鏡を作り、勉強や本を読むときに使ってみました。しかし、なぜかその頃の私の老眼度数は、左右でかなり違っていたのです。 それは左の視力は1.2あったのに、右が0.7程度まで落ちていたからのようです。  左右の老眼の度数が違うと、自分にあう老眼鏡をつくり、それになれるのが大変です。わたしは、ほかの体調不調もあり、老眼の悪化、それも更年期の始まりと共に、かなり急速に悪化したことに、かなりいらつき、落ち込んでいました。 

 

そんな時、在米の姉が、「ドライアイ用の点眼薬を眼医者で処方してもらえるよ」と教えてくれたので、私は、眼医者に駆け込み、お願いしました。眼医者さんは、「よく知ってますね、ジクアスをいう治療剤で、2010年末に販売になったんですよ、そちらに変えましょう」と代えてえてくれました。 結果、この点眼薬は、ドライアイのためですけど、更年期のドライアイによる老眼の悪化には、よく効きました。

 

ジクアスを処方してもらったのは、2012年からですが、結果からいうと、わたしは、今老眼鏡なしで、日常、文庫本も新聞も読めています。 ジクアス以外に私がしたことは、顔ヨガです。特に目の筋肉を鍛えるヨガは、弱ってきた目の焦点を合わせるのに効果的でした。今度機会があれば、この顔ヨガもアップしたいと思っています。

 

そして私が、なぜ老眼鏡なしで過ごせているのかというと、更年期以降、左右の視力が違う、いわゆる”ガチャ目”になったことが、不幸中の幸いだったようです。それは、1.2ある左の目は、近くがみえないのですが、0.7しかなくなった右の目は、遠くはみえないのですが、近くは見えるのです。 なので、本だと読むときは、ほとんど右目を使い、遠くを見るときは、左目でみています。 思えば、亡くなった父は、この”ガチャ目”の持ち主で、78歳でなくなるまで、老眼鏡はほとんど使用してませんでした。 この”ガチャ目”は、震災後、更年期障害に苦しみつつ、福島の母を介護しながら、仕事をしていた私に、亡き父からの贈り物だったのかもしれません。