2年前父が亡くなり、母が病に倒れてから父の遺品を整理し始めた弟夫婦。
先々月、他界した母が入院中もお嫁さんが少しずつ整理をし、後藤家として必要か否かをお姉さんが決めてくれと一任された。
長男である弟は、何も要らないと言う。
私は思い出に浸り派なせいか、アルバムなど眺めてしまう。
すべては、残してはおけない。
ある程度は思い切った。
母も他界し、両親が暮らしていたスペースの一階のものはかなりスッキリした。
父方の祖父関係の戸籍謄本が出てきた。
ある程度は父から聞いていたが、こうして現物を見ると歴史が見えてくる。
祖父は新潟は糸魚川の出身だった。
乙治郎さんとトミさんの参男。
祖母は、長野出身で両親の苗字が異なっていた。祖父と結婚をした時の苗字は、そのどちらでもない姓が書かれていた。
その時代よくあったことなのかもしれない。
続柄の欄には「鹿子女」とある。
祖母の戸籍の横には男の人の名前が書いてあるが、彼も「鹿子男」となっている。
その意味を調べてみるがよくわからない。
けれど、なんとなく見当はついている。
祖母は、あまり笑顔のない人だった。
生まれ育った環境がそうさせたのかもしれない。
祖母が病気で亡くなる少し前、祖父に向かってこう言った。
「私をもらってくれてありがとう」
私はいまでもこのことを想うと泣けて仕方ない。
祖父を頼りに祖母は生きてこられたのだろう。
母に聞けば、私が乳飲み子の時、祖母に抱かれていたが、故意に私を床に落としたのだという。
しかも、数年前に聞いた。
随分と大人になった後の、現在そんなことを言われても、微妙である。
いろいろなことを含めて嫁姑の確執があり、母も辛かったのだと思う。
この戸籍謄本は、私の息子たちの時代で葬られるのかもしれない。

