先日、友人と車に乗っていた時のこと。
娘さんが小さい頃の話になった。
幼稚園の頃?か。家族でプール?に行ったときの話。
思うように浮かぶことができないママが
「〇〇は浮かぶのが上手だね。どーしたらそんな風に浮かぶことができるの?」
と、訊いたそうな。
さて、○○はなんて答えたでしょうか? ← 友人は昔から何でもクイズ形式にしてくる。
私・ 「ん~。。水を受け入れるんだよ 水となかよ。。。」
友人・ ブッブー!(答えに食い気味に)
友人・ ぁ浅っ!
私・ 笑。
「ママ。浮かぼうとしているでしょ。」
。。。
深っ!
(2人して)
なるほど。
ホントおもうんだけれど
教育という括りでの親子関係とか幻想かもよ。
ちゃんと親子で人間関係築けばいいだけだよ。
んでもう1つ。
てゆうか、こっち。
自分の回答にモヤモヤして。
浅いだけならまだいいんだけど
フワッてるし。
何か存在を見くびってる感じが臭ってきて。
水が。。とか浮かぶ。。とかそんなんじゃなく
水との関係性の前に、
彼女は自身の在り方を認識し、問い 発していた。
「ママ。浮かぼうとしているでしょ。」
ちゃんと「紛れもない本人」だなって。
それ聞いてハッとして。
そんなんだから尚更、
自分の回答が
フワッとしたイメージでしかなくて
「それっぽい感じ」 っていうのが臭ってきて
フェイク で ク○野郎 な自分を発見したというか認めた。
てか、今あっさり書いたけれど、
コレを自分の中にみるのは
正直 がっかりした。
「合わせ鏡」?「鏡の法則」?って
相手にじゃなくて自分が発したものに映っているというか。。
こういう時に使う言葉だなって。
心にあるものは ある。
自分にも謝る。(自分には期待しているし信頼しているから)
修正・更新。
こんな風に 「正気」に戻る。
こんな風に やること って出てくるんだな。
生きるって こういうことかもなって思った。