こどもだましって言葉。

 

この言葉の存在自体が、その認識を反映していて。

 

こどもは

 

だませる・ごまかせる

 

って思っている。

 

 

 

むかしテレビで、ひな壇?っていうのかな

大勢の女子高生が出演していて、

有名な占い師さんと対峙する番組をたまたまみたんだけれど、

 

反抗的で懐疑的、険しい表情の女子高生にその占い師の方が語りかけていた。

 

 

 

「自由って怖いものなんだよ。人を殺すのも自由だ。」的なことを。

 

 

 

瞬時に女子高生の表情が華やかになった。

白い歯をみせながら笑みがこぼれて

柔和な表情に様変わりした。

 

 

いままで押し付けられてきたものが はらわれた。(倫理・道徳・価値観)

 

いままで奪われていたものが かえってきた。(権利・生きるチカラ)

 

 

 

倫理・道徳の類は、思考停止や感覚麻痺で

人から チカラ を奪う。

 

 

 

届いたよね。

受け取ったよね。

 

その女子高生が自分自身に出会った瞬間だった。

 

 

真実は我に還らせ人本来の生きるチカラをよびさます。

 

 

 

あなたが 個 として真実を発すれば

 

それは

 

個 としての 誠実

個 としての 責任

 

の表明といってもいい。

 

 

こどもは真っ直ぐ自分を開示し観察し思考する。

自身に気づき 自身を知り 自身を受け取る。

 

 

 

おとなと呼ばれる人たちは 何をしてきたのだろうか。

 

こどもに なにを掴ませ すりこみ

こどもに なにを偽り ごまかし ぼかし

こどもを なにで覆い隠してきたのだろうか。

 

 

 

 

 

「自由」というワードがでてきたので、以前もかいたけれど

再度ふれておこうと思う。

 

 

「自由のはき違え」という言い回し。

 

この言葉の存在自体が思考停止した状態を反映している。

 

 

自分が理解・コントロールできる範疇でしか存在していないような認識。

 

「自由」って あつらえ  与えられると思っている。

 

 

「自由」はどこまでも「自由」でしかない。

 

「履き違える」ものではなく、当人のそれが

その「状態」であるということでしかない。

 

 

 

 

「自由」って

 

 

 

 

独り 原因となる = 自 由

 

自分(独り分)が「原因」となる生き方が「自由」というものである。

 

「私」とは  | こころ踊り・跳ね・振動する (ameblo.jp)

 

 

 

だから

 

 

「自由」って

際限がなく創造的。

 

 

自身の 現状「最も気高い状態」を体現しようと

自身の最善を表明する意思と努力をその中心に据え こしらえ る。

 

 

 

 

再度言う。

 

倫理・道徳の類は人から チカラ を奪う。

 

 

真実は我に還らせ人本来の生きるチカラをよびさます。

 

 

 

あなたがあなた自身の真実(あなたの最善)を

あなたの言葉で

あなたの責任のもと、誠実に表明しようと試みなければ

 

本来のお子さんや

目の前の本来のその人に 

あなたは出会えない。

 

 

 

こどもだまし を こども魂は受け取らない。

 

 

こども魂 は問いかける。

 

「自由」を体現しようとつとめていますか。

ほんとうのあなた(あなたの最善)はどこにいますか。