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気ままに気楽に

今日も息をしています。

 

 

CS放送はもう20数年前から観ているが、あまり俺の場合はTVドラマって録画して観ていない最近は特に。

 

ただこないだ「勇者ヨシヒコシリーズ」「あにき」「岸辺のアルバム」なんかがあって結構HDDに録って真剣に観ましたね。

 

 

 

 

以前に10年以上前なんですがヤフブロでこのジャニス・イアンを取り上げたときにジャニス・イアンといえば「岸辺のアルバム」ですねってあるブロガーに言われて、あっそうかあの時に主題歌ってこ洒落ていたけれどそうだったんだぁってあらためて少し懐かしく回想したのですが、俺は山田太一脚本の最高峰は「早春スケッチブック」だったんだけれど、このドラマもそれに匹敵するくらいのホームドラマの傑作と言えよう。

 

山田さんのホームドラマって早春~もふぞろいの林檎たちもそうだけれど、市井のなにげない中流より少し上の階級の家庭や家族や若者たちの生態を切り取らせたら抜群に巧いというか、素晴らしいモノがあります。彼の脚本のおかげであばよ!の柳沢慎吾や中井貴一、時任三郎なんてのは俳優として確固たる地位を築けたところは大いにあるだろう。

 

このドラマは実際に起きた1974年の多摩川氾濫水害事件があって19棟の一戸建て住宅が倒壊して家族のアルバムが流れていって哀しいという被災者の談話がベースに原作はあるようだ。

 

アルバムってそういえば、俺らの昔の家なんかにもあったけれどね、今はなーんもないよ俺なんて。

 

卒業アルバムもなーんもない、写真もほとんどない。だから今の俺しか知らない仕事で一緒の人達は俺の若い頃を知らないから10代からデブリーンな奴だったのだろうって言われたりするのがね、別に腹も立たないが多少なりとも若い頃の写真は残しとかないといけないなぁなんてこのドラマなんて観て感じますね。

 

それと日本の場合はその家を建てる、自分の城を持つってのが一つの特に働く男、父親なんかの目標なんだけれど1977年のこの頃なんていうのは郊外でもいいから土地付きの一戸建て住宅に住むってのが中流以上の証で存在証明みたいな部分はあったとは思う。

 

 

浪人生の息子に海外出張の多いサラリーマンのオヤジ、大学生で先生?と不倫をする娘に同じくプラトニック不倫する妻ということで家族全員が、それぞれバラバラでまったく意思疎通がない親子兄弟なんだけれど、災害を通じて一致団結とまではいかないが、それまでの家族に対してのそれぞれの思いやりが出てくるというのかな、まあ中田喜子とか国広富之なんて俺、このドラマをリアルタイムで観ていてお前ら甘えるなよ、お前らオヤジが必死のパッチで働いているからこその食えていけるんだろ?甘えんじゃねーよ!って母親役の八千草薫なんか観ても感じてね、父親役の杉浦直樹が気の毒な気はしましたけれどね、ただこういう堅物オヤジは息苦しいかもなぁってのも感じた部分はあったわね。

 

当時も今も父親以外は社会に出て闘っていない甘ちゃんってのはあるけれど、でも静かな感動を与える山田太一の手腕は流石!と唸るしかないね。少なくともバブル時代以降こういう良作人間ドラマは俺は知らない。

 

 

 

 

此処で戯言ブログながら断わっておきたいのは、この年代別名曲って70年代ってのだけでも際限がないのとワイの中で一つ、ポピュラー音楽自体が1974年で区切りがつく感がありますので、その後は遡りで1950年代に行きます、要は70年代は曲が多すぎるから古い時代に行きたいってワイの逃げやね(笑)因みにコレは80年代はしません。

 

もう洋楽となるとガンスケ凄いのが出てくる時代であります、このスライなんかも物凄い勢いとパワーがあってR&B、ソウル、ファンク、ロックってジャンル超越した凄まじい勢いでワイなんかが考えるにスライ・ストーンが居なければ、プリンスも後のマイケルも、映画監督のスパイク・リーもアフリカンが奏でるラップ、HIPHOPは存在しなかったと言い切って構わない存在だわ。

 

楽しいリズムの中でも歌詞は辛辣で色んな子供が居て勉強して尊敬されるような人間になるのも居れば、ギャングスターになる奴も居るぜってのなんかはPUNKも大影響を受けているであろう、こういう曲がビルボード1位になる時代だからね、音楽が熱い時代、若者が熱い時代だってのがね、俺は特撮の仮面ライダー観てもそう感じるもんな、気合入っているんだ大野剣友会の殺陣にさ。

 

 

 

 

Sly & The Family Stone - Family Affair

 

 

 

 

森進一の最大のHIT曲だろう。

 

それと彼氏の印象を決定づけた曲。

 

後に21世紀になってから?作詞家、作家の川内康範と揉めたのは残念な処だけれど、前奏?ヴァースをオリジナルより勝手に長くつけたってので揉めた騒動だったけれど。

 

まあ川内氏といえばこの世界では超大御所、月光仮面の曲から、レインボーマンから死ね死ね団のテーマ?から名曲を作っています。

 

御大曰く、人を憎むなころすな愛しましょうという基本理念があって月光仮面もレインボーマンも基本は敵を完全に確か?ころさないというか懲らしめる程度で終わらせているのがほとんどの筈だわ。

 

それが怒るってのだから森がLIVEで無断でそういうのをしたのは許せなかったんでしょうな、阿保のカスラックはアレンジしたヴァージョンは歌うなって勝手な裁定を森側にくだしてその前奏付き、ヴァース付きは永遠に封印となる。

 

まあ少し森側に配慮が御大になさ過ぎたのもあるかなって気はしたけれどね。

 

この曲はワイは日本の心を歌った名曲であるとは感じているけれどね。

 

 

 

森進一 - おふくろさん

 

 

ヤンピーをお迎えして6周年経ちました、でヤンには大好物のモンプチちゅーる、ワイら下僕二人+一人は焼き鳥と寿司屋のはしごをしました。

 

家からJR兵庫駅まで歩く徒歩20分弱。

 

 

 

 

ちょいと下僕二号のワームン人生が歩くのが遅いので早く出た、前日に午後5時テーブル予約してるんだけれど、マッチ切られていてね6時過ぎには出なきゃいけないのでこの秋吉でまずはそこそこ食べてはしごしようと考えていたのね。

 

最終は最近できたシースー屋でなかなか高かったけれど新鮮で美味かったよ、因みに5時より15分早く着いてね、俺とワームンの友人は歩くのは速いなってのは感じたな、10分強待って入店や。

 

 

 

 

 

 

 

もう何品頼んだか覚えてねーわ、しろ、しんぞう、牛カルビ、若鳥、ねぎま、豚ロース、串カツ、きゅーり、生中、カルピス酎ハイ、瓶ビール麒麟大でなんだかんだで予約も無理やり指定席にねじこんでテーブルとったんで1時間弱で出た。6200円ほど。

 

河岸を変えて二件目、最近できた寿司屋に行く、かなり腹は膨れていたけれどね。

 

 

 

 

 

 

モルツ中瓶に生中にカルピス酎ハイに上握り三人前(上玉握りってなっていた)、可愛い女子店員おススメの北海道産(絶対嘘)のカニカマアヒージョ二品、純米酒冷酒一合、杉玉(店名の酒)を頼む、もう大満腹ですわ、7000円。

 

以前に食べた魚河岸の寿司えびすより遥かに美味かったね、特上玉って頼んでもよかったけれど俺の三日分の食費並みだったんで控えたわ、でも値打ちあったな、約7000円。アヒージョは味付けがよかったねってことでヤンピーは全然でてこない記事ですがワッショーイな記事であります!!(=^・^=)

 

Neil Young - Downtown

 

 

 

まあ合計1万3千円ちょいでヤンのちゅーる合わせたら1万5千以上だけれどさ、ワイらの住んでいる神戸の街はダウンタウンなんだよね、いわゆる観光地の神戸ではないんだ安いもんだよ3人でこれだけってさ、あっ4人か(=^・^=)

 

 

 

 

追記、ヤンピーも元気に寛ぎはしゃいでいましたよ(=^・^=)

 

イムジン河水清く~だけではないんだわな、加藤和彦は。

 

ワイは勝手なワイの邦楽考察なんだけれどね、日本語ってロックよりフォーク、フォーク・ロックの方が合う言語だなとは思うのね、だからどうしても一部の邦楽ロックを除いて、なんというかな特に70年代はフォーク・ロックが印象的だったなぁって印象が強い。

 

だもんだから後追いだけれどサディステック・ミカ・バンドとかサディステックスとか外道なんてーのはちょいアイドル的なCAROL含めて、日本語ロックの先駆者で未だに凄いとは思うのね。

 

70年代後半や80年代はPunkやテクノなんかが出てきてあんまり日本語ロックってのが問題にならなかったけれど、こういう先人がいたからこそのやはり邦楽ロックが出来たんだんだなぁってのは思うね。

 

皆、日本語ロックでビートルズ、ストーンズ的なのをしたかったのよ。

 

それを打ち破ったのが加藤和彦だと俺は考えています。

 

周りを固めるメンツも凄いんだけれどね、俺はたぶん?加藤は此処でフォークに見切りをつけて違う音世界の構想に入っていたと妄想します。

 

 

 

 

加藤和彦と北山修 あの素晴しい愛をもう一度