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気ままに気楽に

今日も息をしています。

 

ビルボード他でナンバーワンになった大HIT曲。

 

だけれど、ワイ自身ドン・マクリーンってSSWをよく知らないわ。

 

なんかこの曲タイトルみたいなふざけた映画があったけれど、この曲自体は割とヘビーな重いことを歌っているようである。

 

ロック創成期のスター、バディ・ホリーたちが乗った飛行機が墜落した事故のことを歌っていて、その事故自体をワイはなんかの音楽番組で観たけれど、米国のなかではロックが死んだ日、音楽が死んだ日といわれたくらいにまあ将来が嘱望されていたスターの悲劇を扱った部分もあったようである。

 

8分36秒の長尺曲がナンバーワンになるのもこの時代ならではあるが、ラジオではこのシングルはA面B面で1曲なんですがまるまるかけていたらしい、今の時代とはまあ真逆なことをしていたというか、この50年以上前の時代の方がなんというのかね、楽曲に対してかける側もリスナー側もある程度理解していたというのか、音楽を聴く姿勢が違うというのかな?まあ優れたポップスに他ならないからそういう芸当が出来たんでしょうけれどね。

 

 

 

 

Don McLean - American Pie

 

 

 

 

 

 

 

 

今年もあと3週間で終わりということで、前の休みの日にカレンダー(システム手帳用月めくり)と猫カレンダーを買いに行ったけれど、もうカレンダーも店頭で扱っている種類が少なくてね、まずワイの地元には新刊書店が二軒しかないしさ、あとはホームセンターにあったけれど、写真がイマイチなんで仮面ライダーAmazonでこの猫カレを入手しました。

 

B5サイズの小さなやつですけれどね、岩合さんの写真のもあったけれどイマイチ、ピンとこなかったのでコレにした。

 

なかなかウチのヤンなんかこういう表情しないこともないけれど、やはりカレンダーのモデルになるにゃんこはなんか?表現豊かだわね、あんまり猫グッズ(しかしながら猫のおもちゃは散乱しとります)って買わないんだけれどさ、まあ毎年ワイの場合は猫年なんでね、コレが一番だわにゃ😸

 

Stray Cats - Runaway Boys

 

 

この子たちは皆、地域猫?保護猫なんだろうかね?

 

 

総試合数 112
勝ち 85
KO勝ち 23
敗け 24
引き分け 2
無効試合 1

 

流石にこの辺りの60年代に活躍した通算100戦以上する海外のレジェンドボクサーに関しては、俺も流石にむかーしボクマガ誌のジョー小泉氏、宮崎正博氏、原功氏なんかの評論や文献で想像するしかなかったけれど、軍事技術の発達のお陰というかこのインターネットのお陰でこういう頭の中でしか妄想できなかった選手の映像も簡単にYouTube動画で観れるイイ時代にはなった。

 

リング禍っていうのは俺の中ではデビー・ムーア(今後記事に出します)の世界戦における悲劇とかくらいしか有名であんまりあとは80年代に世界戦で確か?韓国選手が14RかなんかでTKOされてその後亡くなったというくらいであんまり記憶にはないんですけれど、その80年代のリング禍以降13R~15Rの間にかなり体力気力が消耗してヤバイ状態になるってことで当時主要三団体のWBCがいちはやく世界戦を12Rに縮めて、それにならってWBA、IBFも追随して80年代半ばには現行の12R制になった経緯がある。

 

 

俺はガキの頃はマンキチ親分っておふくろに仇名つけられるくらい漫画も読んだけれど、読み物、小説も読んだわさだけれどド近眼になったわな、TVも視まくっていたし、まあ眼鏡屋と眼医者の陰謀に騙されたのが一番なんだけれどね。

 

で劇画の「あしたのジョー」みたいな力石状態になるまで殴打されることもなく現実にはリング禍が世界戦でも起きるわけで、この選手も1962年に元ウェルター級世界王者ベニー・バレットとラバーマッチの3戦目で12RTKO勝ちしたモノの対戦相手のベレットが昏睡状態となり10日後に亡くなるというリング禍が起きて、その時に世界戦を中継していた米国ABC局はボクシング中継から完全撤退したという事態にまで発展した。

 

この時代とか俺がボクシングを観だした70年代でもレフェリーのストップが遅くて、今の視点から見たらストップしなきゃって試合を幾つも観てきたけれど、この当時であればヘビー級以外はストップは今より遅かっただろうと思われる。

 

その後1966年にミドル級王者ディック・タイガーにも挑戦し判定勝ちで勝利して2階級制覇を達成する。

 

あのルビン・ハリケーン・カーターとも1963年にノンタイトルで対戦して1RKO負けしてその年のリングマガジン・アップセット・オブ・ザ・イヤーに選ばれるほどの番狂わせだったようだ。

 

又ミドル級からウェルターに戻してキューバの名王者ホセ・ナポレスに挑戦するが判定負けして王座奪還ならず。

 

1971年、72年とミドル級王者カルロス・モンソンに挑戦するがKO、判定と2連敗する。

 

この後くらいに新設のJ・ミドル級が出来て日本では輪島功一なんかが世界王者になる時代ですが、76年にWBC王者のエッグハルト・ダッケ(知らない)に挑戦するも判定負け。3階級制覇はならなかった。

 

77年に後のミドル級王者になる英国のアラン・ミンターに判定負けしてグローブを吊るし引退する。

 

1958年デビューして77年引退で100戦以上しているから頑丈なうえにディフェンスもたけていたのでしょう。

 

2013年に75歳で亡くなる。この時代のボクサーでは長生きな方だと思う。

 

まあ欧米では日本と違い一般人の体格も大きいのでこの選手も171cmで中量級ではかなり小柄な方だけれど、やっぱり日本の感覚では中量級って1発1発が威力が凄いってのがあるのでね、この選手を考えるのにふとそのレフェリーのストップの判断は出来るなり早い方がイイ、遅くていいことは一つもないというか、なんだかんだで一番人間の部位で顔面を打撃する競技なんでね。やはり批判を浴びてもレフェリーのストップのタイミングは早すぎるくらいでも良いという思いは昔からあります。

 

リング禍が多くなるとこの競技自体が地球上から消える可能性があるからだ、劇画は劇画、現実は違うというね。

 

改めてカルロス・モンソンがハグラーを観てあのくらいの選手は俺は多く倒してきたよって言っていた言葉が印象に残る。

 

 

 

 

 

 

2016年に公開された元スターリンのヴォーカリスト、遠藤ミチロウのドキュメンタリー映画。

 

俺はスターリンの超過激なLIVEを観に行った時にこの会場から無事に帰れるかなぁって真剣に考えたけれど、そのLIVEの前座に友部正人が出演していて、えっチルチルとミチルの人がえっって意外でしたけれど、ミチロウ自体がPUNKを始めたのは30歳過ぎてからしだして元々はフォークの人で友部のバックでベースを弾いていた人らしい。

 

70年代半ばにピストルズやパティ・スミスに刺激されたからPUNKはしだした人なんだよね。

 

だけれど、著名な作家が言っていたけれどPUNKってスタイルじゃなくて生き様で音は関係ないんじゃないか?ってのは俺も同意で元々のフォークにしてもブルーズにしてもレベルソング(抗う歌、曲)から派生していますのでその精神性はもちろんロックにもあてはまるわけだよな。

 

 

 

この映画は東北の福島出身の遠藤だけにあの東北の大地震を契機に復興支援LIVEをしたりして、このタイトルの曲なんかも歌っているけれど、この人の歌ってのはなんつーかな?ただ過激な叫びとな部分もあって奥崎健三がその神戸のGIGに観にきていたりしていたけれど、基本は愛に満ちている、人間愛に満ちている気が俺はするんだよね。

 

友人がおそらく宝物にしているであろうカセットブック(当時限定発売)のベトナム伝説なんかで「仰げば尊し」やドアーズの「Hello I Love You」をPunk風カバーしていたので一貫してハードサウンドに乗せてヒューマニズム、愛を歌っていた人のように改めてこの映画を観て感じましたね。

 

2019年すい臓がんで彼は逝去するわけですが、大きな日本のPUNKの巨星が旅だったなぁって感じましたね。スターリンを俺は2回体験しているけれど、とんでもない目に遭ったけれど馬鹿だったかもしれないけれどなんか爽快感はあったんだよね、それはこの人の優しさが感じられたかもしれないと今思えば考えたりするね。

 

 

俺らが神戸で観たGIGの記事を貼り付けよう。

 

 

 

 

 

 

君はスーパースターに憧れたことがあるかい?俺はあるよ。

 

誰に憧れたんだい?そうだなぁ俺らの世代はスポーツと言えば野球、ボクシング、サッカーがまあ中心で特に俺らの学区は神戸FCってクラブチームがあったから野球より、サッカーが盛んではあったわね。でも球技の中心は圧倒的に野球だわね。

 

まあ俺ら世代でいえば田淵、江夏、江川、王、野村、それで阪急がメチャ強い時代だったんで福本や山田かな、釜本にペレで、メジャーリーガーなんかはホントに知らなかったなシンシナティ・レッズが来日するまでは。そんでピート・ローズ、トム・シーバー、ジョニー・ベンチ、ジョー・フォスター?だったかななんせ150m級のどでかい本塁打撃つので驚愕したわ。ボクシングでいえばフォアマン、アリ、フレイジャーにノートンだろ、そんなところかな?長嶋茂雄は人気あったけれど俺が観だした頃は全盛期過ぎていたので、村山実もそうですがあんまりどうとも思わなかったね、ただチャンスに強いからムカついていたけどね、長嶋は嫌いだったわ選手とか監督時代はね。浪人時代というかユニフォーム脱いで解説していたでしょう、宇宙人みたいな感じな言語感覚だったからその時は好きだったけれどね。まあ本来は嫌いな人ではない。

 

まあ俺ら世代のスーパースターはそんなところでしょう、張本なんかも好きででしたよ苦労して独特な打ち方でね天才だと思いました、金やんダンスとかねおもろかったわあの時代の野球は、今みたいに煩い応援もしなかったしね。

 

まあスーパースターってこの曲はリオン・ラッセルが作った曲でデラニー・アンド・ボニーがHITさせていた楽曲のカヴァーである。色んな人がカヴァーしていてカーペンターズはベット・ミドラーのカヴァーを参考にしているらしい。

 

ミドラーのこの曲は逆に聴いたことないけれど、又いい感じなんだろうね。

 

元はスワンプ・ロックなのを見事に聴きやすいポップスに仕上げている処がやはりこのユニットの素晴らしい由縁でもあろう。

 

 

 

 

 

Carpenters - Superstar