
年内最後のBOXING記事(ほぼコメントは入りません😿)は俺の歴代一番好きな中量級最強ボクサーで締めくくろう、パナマの英雄で石の拳ロベルト・デュランだ。
マノス・デ・ピエドラ(スペイン語)、ハンド・オブ・ストーン(英語)石の拳(日本語)って仇名なんだけれどこんな格好いい表現って歴代でも一番素晴らしいと個人的には感じるね。
| 総試合数 | 119 |
| 勝ち | 103 |
| KO勝ち | 70 |
| 敗け | 16 |
1968年に16歳でデビュー、正式に引退したのは2001年ですからね、BOXING以外にもエキジビジョンで異種格闘技で日本来日して遊んでいたけれど、この選手寿命の長さは天晴ですわ30年以上現役をし続けたってこの人以外でも他のプロスポーツ選手でも居ないでしょう、1951年生まれですから50歳まで現役していたわけだ、体が頑健であるの何者でもないね、それとあまり撃たれていないテクニシャンでもあるということだ。
この人はライト級から最終、S・ミドル級までいったのかな。
身長が170cmってなっているけれどもう少し小さいかもしれないけれど骨格が大きくてフレームが大きいというね、ワイが子供の頃にもう引退していたけれど小林弘さんのボクシング教則本を読んで、その通りに体を動かしたりなんかしてなるほどーなボクシングの奥深さを馬鹿ながら知るわけですが、そういう日本のテクニシャンボクサーや、ホープの高山将孝やガッツ石松をオールKOで葬って、ライト級のオールタイムランキングではナンバーワンでリング誌のパウンド・フォー・パウンドの歴代最強に選ばれた時期もあったのでワイら世代ではどうでしょう、中量級ではやはりナンバーワンの選手ですね、インパクトも強さも存在もすべてが。
強烈なインファイターですけれど、ディフェンスも巧みで流石に80年代に30代を超えてからのミドル級時代なんかは衰えがあったとはいえ、鋭さとパンチ力は確かなモノがありました。
トーマス・ハーンズに2RにKO負けした試合は本当に別な意味で驚いたんですが、なんか相性もあるしあの時代のハーンズはちょっとえぐかったですからね、まあしょうがないでしょう。
全盛期は1970年代でライト級でしたけれど、その時代に常に減量苦で毎度10kgから20kgくらい減量して試合していたそうですからね、ハグラーとかハーンズなんかでももし70年代に当たっていたら粉砕していたでしょうね、今の日本では井上尚弥が物凄いセンセーションじゃないですか、そんなもんじゃなかったですねこの人は。
2階級上げてS・R・レナードに明確な判定勝ちを収めたのには不利予想だっただけに何故かワイもガッツポーズを取りましたね。世界のスポーツファン、格闘技ファンから愛された伝説のボクサーです。