家には二つのテラスがあり、そのうちの一つは植物がたくさんあり、木が生い茂っている部分もあります。毎年5月くらいになると、スズメが巣を作って繁殖するため、ちゅんちゅんと賑やかになります。
今年もかわいいヒナたちがいて、その子たちも飛んで巣立っていきました。
今日、ふとその巣をのぞいてみると、なんと卵がいっぱいあるではありませんか!
かわいい!感動です。
昨日は妹に子供が生まれて、なんだか感動がいっぱいの今日この頃です。
みんな、すくすくと成長してね。
私がインドに行ったのは2008年の5月。3週間の一人旅で、リュックを背負って洋服もほとんど持たずに身軽に行ったのでした。ワクチンだけは4種類ほど打って、2001年版の「地球の歩き方」を持って(ずっとインドに行きたいと思っていたのがなかなか決心がつかず、7年経ってしまったためです)。
デリーとカルカッタ、バラナシ、アグラ、パトナーを周ったのですが、一番よかったのは何と言ってもバラナシです。おかげで3週間のうちの11日ほどをそこで過ごしました。
毎日46度のものすごい暑さだったのですが、インド人のパワーはすごく、みんな元気でした。
私が泊まっていたのは一泊120円ほどの日本人宿。簡易ベッドが何個もある部屋でしたが、夜も暑くて眠れないためテラスで雑魚寝状態でした。5時くらいになると朝日が昇って、みんな少しずつ目を覚まし、すぐ隣のガンジス川で人々が洗濯物を石に打ちつける音が聞こえてきたり、沐浴をする人、子供たちが川で泳いでいる姿などをテラスから眺めたものでした。7時にはもう暑くてテラスで寝ていられないので部屋に降ります。
インドの朝は早いのです。起きると朝食が出てくるのですが、なんせ20人近くもの日本人、韓国人などが一気にテーブルに集まり、争奪戦状態になるため、私はレストランに出かけて外でカレーやサラダなどを食べていたものです。
バラナシは、路地がいっぱいあって店がたくさんひしめき合っていて、いつ歩いても楽しい街でした。歩くとお香の匂いと捨てられた残飯の腐った匂い(46度の中、残飯をそのまま道路に捨てるのですぐ腐るのです)とが入り混じって、それはもう何だか混沌の極みなのです。
その残飯を、野良牛やヤギがもしゃもしゃと食べていたり、そのすぐ横では屋台が出ていて何かを焼いていたり、たまに牛の大きな糞がぼったりと落ちていて、うっかりするとそれを踏んでしまったり。それと、インド人男性は真っ赤な噛みタバコのようなものをいつも口に入れていて、道路にぺえーっと吐くので、バラナシの路地はところどころ赤くなっています。いつも口に入っているので喋る時は斜め上を向いて、口からこぼれないようにして喋るのが特徴です。仲良くなった少年がその煙草を売っていて見せてもらもらったのですが、何かの葉っぱに白の練り物や赤い何か、香辛料のようなものを何種類か包んで口に入れるようです。
一日に2~3回、各30分ほどの停電になるので、そうすると自家発電に切り替えます。ないところは扇風機も回らず、じっと部屋の中で暑さに耐えるのみです。周りの日本人たちは日本の蒸し暑い夏に慣れているせいか、割と平気そうに見えたのですが、イタリアの乾燥した夏に慣れている私は一人、滝のように汗を流して宿でじっとしていたものです。あれはかなりきつかった。ちょっと大きくて綺麗なショッピングセンターに涼みに行ったりしました。
時々リキシャに乗ったりするのですが、46度の熱風がもろに肌にあたって、あちちちとなるくらいに痛いのです。お風呂の適温が42度くらいと考えると、どれくらい暑いかわかりやすいかもしれません。
夜のガンジス川沿いはとても賑やかです。プジャーと呼ばれるお祈りが、音楽とダンスで毎晩長い時間をかけて行われ、人がいっぱい集まり、私はよくそこに出かけてそれを眺めたりしていました。近くにいた中学生くらいの子供たちが、小麦粉に川の水を混ぜて練ったものをちぎって川に投げていました。魚にやるそうです。だからと言って、寄ってくる魚が見えたりするわけではないのですが、「これが僕たちの遊びのひとつなんだよ」と教えてくれました。ふむ、インド人の子供はシンプルでいいな、と思った瞬間でした。そして私も一緒に投げてみたりしました。
しかし夜が楽しく賑やかだからと言って、いつまでも外をぶらぶらしているわけにはいかないのがバラナシです。10時になると、一気に街の灯が消えて真っ暗になります。それは突然、真っ暗になるのです。
バラナシ滞在にも慣れてきて、夜一人で街を歩き、生地屋で人々が値段を掛け合いながら買い物をしている風景を眺めたりしていたのですが、宿に戻ろうと路地を歩いている瞬間、街の電気が一気に消えて真っ暗になったことがありました。それが夜の10時でした。ただ暗闇があるのみで、何にも見えません。これで誰かに連れ去られても、物をとられても不思議ではありません。ものすごい恐怖に襲われましたが、近くにいた親切なインド人が手を引いて、真っ暗闇の中を宿まで送り届けてくれました。ライターで照らしながら。宿に無事着いた時にやっと恐怖から解放されました。バラナシは外国人が行方不明になることも少なくなかったらしいです。素敵なところですが、最低限のことには気を付けなければなりません。
インドについては書きたいことがいっぱいあるのですが、今日はとりあえずここまで・・・。次回またいろいろ書きます。
























