きのこが嫌いな人は多いかと思う。

きのこ全般が嫌いと言う人が大変かもしれない。

しかし、自分は、タイトルの通り、

しいたけ

これだけは全く受け付けることができない。

なぜか。

それは保育園時代に遡る。

保育園の記憶は

アリを食って意外と甘かったことと

しいたけの話だけしかない。

あ、思い出した。後に母親から聞いたのだが、

その保育園は園児が出ないように、

柵?で囲まれている。

そこで毎回迎えの時間になると幼き自分は

柵を大きく揺らしガシャガシャさせ、大声で

「出してくれーーーーーー!」

と叫んでいたらしい。

この時から片鱗があったみたいである。。。。

さて話を戻すと、

給食で一番好きだったのが、クリームパン

この時はまだ苦手レベルであった、しいたけ

この2つが一緒に出てきた日があった。

美味しいものは最後に食べるタイプであるため、

クリームパンは一番最後

そしてもちろん苦手なものも最後にどうしても残る。

当時は給食において

残すのは厳禁中の厳禁であった。

先生は自分に何をしたかわかるだろうか。

しいたけ IN クリームパンである。

想像できるだろうか。

好物の中に苦手なものが入っている状態を

デリヘルよんでワクワクしてたけど

とんでもないのがきてチェンジ・・・って感覚だ

もう最悪なコラボである。

え?

どうなったかってもちろん食べされたと言うか

飲み込んで完食した。

そこからである。

しいたけを受け付けなくなったのは。

肉まんに入っている小さいしいたけでさえ

いやである。

30歳近いのにこれだけは絶対に食べられない。

寒い。

あ、ちなみにしいたけを切って

水とか吸い込んでいる?状態はなめくじにしか

見えない。

一回これをいって、大分県人に怒られたことがある。

でもそれにしかもはや見えん。

すいません。。。。。
 

トンボの話を書いていたら思い出してしまった。

昆虫シリーズ第二弾はカタツムリ。

自分は六月生まれで、六月といえば紫陽花。

紫陽花の絵にはなぜかカタツムリ

そんなイメージが多いと思う。

梅雨の時期に多いって感じかな

カタツムリと言ってどんなイメージというか

人生でカタツムリと関わってきただろうか。

大抵の人はまさに、

紫陽花+カタツムリ

とか

ポケモンでなんかそんなのがいた

とか

そんなイメージだろう

自分はどうなのって?

まず、小学生の話だが、

登下校する道、ちょうど

小学校と家の真ん中くらいに

梅雨になるとカタツムリが

大量発生する木というか

植物というかそんなゾーンがあった。

幅は5mくらいな記憶がある。

梅雨の時期、下校する際に

決まってそのゾーンに立ち寄った。

気持ち悪いくらいカタツムリがいた。

そこで何をしたか。

心してみて欲しい。

カタツムリをその植物から

取っては結構でかい道路の真ん中に

置いて、車に引かせていた。

お分かりいただけただろうか。

ホラーである爆笑

書きながら震えてきた

ヤバすぎ。

奇行すぎ。

なぜこの行動を取ったのか全く記憶がない

覚えているのは、

カタツムリゾーンと

道路にあるカタツムリの・・・・

Tくん、Kくん、の決まって3人でやっていた。

何が面白かったのかは不明である。

きっかけも覚えていない。

今となっては本当に

酷いことをしたと思っている。。。

カタツムリをそういえば最近

個人的に全くみなくなったのは、

過去の過ちのせいだと思う。。。

奇行は昔からだった。。。。。

寒すぎる

トンボといえば秋である。

季語でも秋として捉えられているはず。

指をグルグルして目を回して捕まえる

そんな少年時代を過ごしていた人も多いと思う。

だがしかし、そんな楽しいイメージが自分にはない。

むしろトンボを見かけるとむしろ申し訳なさしかない。

なぜか。

前提として、実家の近くに祖父宅があり、

その祖父が農家を引退してから立って、コメを

育てていた。秋といえば収穫、そう稲刈りである。

いわゆる爺ちゃんっこだった自分は当時コンバインを

運転させてもらって、勝手にギア6にして

祖父を引きかけて、流石にガチギレされたという記憶もある笑

話が逸れたが、収穫の秋、もちろん手伝うというか

見ていたわけだが、それが見ているだけだとつまらないのは

想像の通りである。そこで何をしたか。

親父がいきなり竹の棒?か何かを自分に渡してきて、

トンボ退治するぞ

そんなことを言ってきた。

まず、トンボは害虫ではないと認識している

それなのに退治だと。

もう壮絶だった。棒を振り回して

叩きまくってた。

いやもうこの時点で震える。

親父はやばいやつだと笑

勝負の結果は覚えていないが、

当時はめちゃくちゃ楽しかった記憶しかない。

今となっては本当に正気の沙汰ではない爆笑

あれ以来、トンボには本当に優しく接している。

罪悪感丸出しなくらい、叩き落としたので、、、、

ちなみに好きなトンボは

赤トンボ

ではなく、

イトトンボ。

すごい繊細な感じで、

飛んでいる姿もどこかしら優雅に感じるから。

オニヤンマはちょっと怖い。

夏だけど秋の話してみました。

皆さんは自分のパンツにこだわりがありますか?

こんな質問をしたらどうなるだろうか。

自分はもちろん

イエス

これだ。

パンツと言っても、

ブリーフや、ボクサーパンツ、トランクス

があると思う。

今は全てボクサーパンツこれなのだ。

ここまでは

ブリーフ→トランクス→ボクサーパンツ

という一般的な?流れに基づくため、

普通すぎる。

そう、ボクサーパンツの何を履いているかだ。

もっというと柄、これは何ですか。

ということだ。

結論、全てディズニーキャラクターだ。爆笑

若干嘘を言ってしまった。ユニクロもある。

緊急事態時に大量に買ってしまったものだ。

だがしかし、それは誤差だ。

定期的に届くようになっている。

2週間に一回か1ヶ月に1回だ。

最近はモンスターズインクが多い。

映画でもやるのか?

TVを見ないので全くわからない。

ん?

なぜパンツがディズニーキャラクターなのかって

せめて、パンツくらいかわいいものにして

おこうそれだけである。

ホテルで

かわいいパンツ!

とか言われたらもう優越感に浸れる。爆笑

ちっちゃすぎるな。

そういえばもう30近いのに

ディズニーキャラクターのパンツって

結構痛いな。うん、痛い。

が、そんなことは気にしない。

パンツネタで恥ずかしかった話を書きながら思い出した。

高校生の時の話で、バスケの試合のことである。

ユニフォームの色は白だった。

そして当時はまだトランクスだったが

派手はパンツをいつも履いていた。

しかも前回履いていて買ったアメリカ国旗のパンツを

履いて試合に臨んだ。

普通はスパッツに履き替える。だがしかし、忘れてしまったのである。

フルチンで出るわけには行かない。

仕方ない、縁起はいいしそのまま出るかと。

これが失敗だった。

想像して欲しい。汗でびちょびちょになった

ユニフォームのけつ周りから、アメリカ国旗が

透けている姿を。

半端じゃない噂になったらしい。笑

しかも試合後直接監督からは言われなかったが、

ベンチではこんな一幕があったらしい。

監督「あいつは何履いているんだ?」

ベンチ「アメリカ国旗のパンツで、縁起がいいから履いているらしいっす。」

監督「そうか。派手すぎないか」

こんな感じだ。多分呆れていたのだろう

ベンチにいた同期からこの話を聞いた。

ま、試合に勝ったから問題ないが。

そこからディズニーに移行してしまうわけだが。。

あなたはパンツにこだわりがありますか?

そんなお話でした。

続きから。

初回ゴールを決めてから

次のアポが決まるのも早かったと記憶している。

場所の記憶が曖昧だが、確か六本木だった。

2回目のゴールを目指してだ。

これに尽きる。

なんてたって最初は5秒なのだから。

5秒から立ち直るためには、

2回目これが重要だと。

そんなレベル。

どこの店に行ったのかも覚えていないが。

2回目。これを意識しすぎたのか、

キモすぎるからなのか、非常に厄介な1日となる。

確か、1軒目の店を出てから、次の店を探す

そんなことをしていた。何を勘違いしていたのか、

今でも意味不明なのだが、

やたら、相手から◯ックスした日の話やあの

SMホテルの話を持ち出してくるのである。

なるほど、誘っているんんだなと

こう思うのは普通なはずと信じたい。

そう直感したかつ2回目を決めるために

こう発言するのである。

「ホテル行こうよ」

と。

決まったなと、いいよとかそんな類か

若干グダリながらタクシー乗ればいいかなと

そんなことを妄想していた矢先である。

テンションがゲキ落ちし、涙ぐんでいる。

????

どういうことだってね。

経験不足による失態だこれはと、

やっちまったとそう思うことにした。

どうやら相手は

いつも体目的でくると

そんな思いがこみ上げて涙を流している。

流れているという感じだ。

ま、◯inderやっているのだから

必然じゃないかと思いつつ、

めんどくさくならないように

その場を適当に切り抜ける作戦にした。笑

それがこの後のことを全く覚えていない。

このホテル行こうよから始まる一連の

騒動は懐かしい。確かちょうど秋がやってきた

そんな季節だった。

2回目のアポはホテル行こうよ事件でこれで

解散したのだと思う。

だがしかし、2回目、これを諦めるわけには行かないのであった。

そう思い、ラインの返信もなぜか謝ることから始めた

この記憶はある。これがダメなんだろうなぁ〜

2回目の幕開けは長い長い日を要することになるとは

想像もしていなかったけれど。

続く