今日は日本史上に残る偉大な経営者、松下幸之助さんを紹介させてください。


松下幸之助さんといえば、


日本を代表する松下電気産業(現パナソニック)を創業。


「繁栄を通して、平和と幸福」をスローガンにPHPという出版社を開業。


自身の著書『道をひらく』は520万部の大ベストセラー。


次世代のリーダー育成のために、松下政経塾を設立。


およそ1人の人間の所業とは思えないですよね!


そんな松下幸之助さんが、


『なぜ成功することが出来たのか?』


という質問に対する答えが衝撃的だったので、シェアしますね。


『自分を出世させたのは三つのことしか考えられない』

『三つとは、家が貧乏。学校へ行っていないこと。病気だったことだ』


初めて読んだとき、本当にビックリしました!


三つとも、普通なら成功出来ない言い訳として挙げられるものですよね。


ただ、松下幸之助さんは


『家が貧しかったから、お金持ちになろうと思った』

『学校に行っていないから、本を読んで勉強し続けた』

『体が弱かったから、他の人に頼ることが出来た』


と語っているんです。


実際に松下幸之助さんの人生は壮絶そのものです。


4歳の時にお父さんが米相場で失敗し、極貧状態へ。


その上、7人いたお兄さんお姉さんの内、6人が20歳までに亡くなっており、お父さんは11歳の時に、お母さんは18歳の時に亡くなってしまっています。


また、自身も20歳のころに結核にかかっているんです。


その後、逆境の中、松下電気産業を創業するも、太平洋戦争が始まりGHQか財閥指定を受け公職追放。


指定解除されるまで、4年間個人資産を凍結されていたそうです。


松下幸之助さんが大成功していくのは、この後からなんです。


ちなみにこの時点で松下幸之助さんは51歳。


成功も人並み以上なら、不幸も人並み以上。


読んでいて胸が苦しくなりました。


ただ、松下幸之助さんはだからこそ成功出来た!と断言しているんです。



ここで、人生について考えさせられる場面が多く、僕の生き方・働き方共に大きく影響を受けた、高校生の頃から大好きなONE PIECEを通して偉人達や大切に受け継がれてきた考え方を紹介していきたいと思います。


主人公のルフィも小さい頃からひとりぼっちでした。



『一人になるのは痛えのより辛え!!』



ルフィが仲間を誰よりも大切にするのは、この時の思いがあるのだと思います。


また、ルフィは海賊なのに泳げません。


ゴムゴムの実という悪魔の実を食べてしまったからなのですが


ルフィは、海賊として致命的な一生泳げない身体になったことを悔やむよりも、新しく手に入った能力の方を嬉しく思うようになっています。


今でこそ、ルフィはゴムゴムの能力を使いこなしてますが、はじめは全然ダメでした。


でも、物事の良い面を注目し続けたからこそ、ルフィは強くなれたのです。


ちなみに、ルフィの弱点はこれだけではありません。


弱点の多さは自分が一番分かっています。



『何もできねえから、助けてもらうんだ!!!!』



この言葉はONE PIECEの中で最も好きなセリフの一つです♪





『おれは助けてもらわねえと生きていけねえ自信がある!!!』



ルフィは自分が弱点だらけのダメ人間であることを自分が1番分かっているからこそ、周りの仲間に頼ることが出来るんです。


いつも助けてもらってばかりだからこそ、ルフィは仲間が困った時は命懸けで助けに行くんです。




・・・大好きシーンだったので、熱く語り過ぎてしまいました(笑)



話を現代に戻します!


今は、戦後最大の危機だと世界中で叫ばれています。


僕もその通りだと思いますが、松下幸之助さんも、ルフィだって、上手く行く人はどんな時でも光を探します。


コロナのせいでダメだ。


ではなく


コロナのおかげで人生が開けた!


という人もこれから必ず出てくるはずです。


読んでくれているあなたにとって何かのきっかけになれたら幸せです♪





昨日は久しぶりの晴れ。
Oくんとキャンプに行ってきました。




ちょっと贅沢なキャンプ飯,♪

牛リブロース・ガーリックバターライス・コンソメスープ・気まぐれサラダ。

波の音を聞きながらの食事は格別!
美味い肉は塩とわさびが一番!



サーフィンも♪
癒されました^^



最近、すごい勢いで 降り出したかと思えば 止ん だり、油断のならない 天気が続いています。

少しでも早く雨が上がる事、熊本、九州の他、大雨で被災された地域の皆さまの被害がこれ以上広がらない事を心よりお祈りしています。



ここまで読んくださってありがとうございます。


今日もお疲れ様でした!









ずっと前から「生き方」というものに興味がありました。


人はなぜ生きるのか

どう生きてどう死ぬのか

日々をどんな気持ちで過ごすのか

高校生のときから答えのない問いをずっと考えていて、「どんな風に生きたいか」と聞かれたら、

「明日死んでもいいように生きたい」

と答えられるようになりたいと思っていました。


僕は当時その言葉の意味を以下のように捉えていました。


後悔ないように生きる

やりたいことはすべてやる

何かを大切なことを達成する

だれでもない何者かになる

でも最近になって、「違う意味なのかもしれない」と思うようになりました。


その言葉の意味は、もっと生々しくて、不完全で、人間らしく生きることなのでないか、と思ったのです。




高校生二年生のとき、セネカの「生の短さについて」という本に出会いました。そこに書かれていたのは、何千年も読み継がれてきた強い言葉たちでした。


誰もが永遠に生きると思い、人生のはかなさを考えることなく、浪費した時間を気に留めない。毎日が最後の日になるかもしれない状況の中で、不死であるかのようにすべてを望み、満ち足りて余っているかのように人生の時間を浪費してゆく。


誰もが現在あるものに倦怠感を覚えて生を先へ先へと急がせ、未来への憧れにあくせくするのである。


生きることにとっての最大の障害は、明日というときに依存し、今日という時を無にする期待である。




高校生ながらハッとしたことを覚えています。人生はいつ終わってもおかしくないのに、終わりを自覚する機会はほとんどない。目の前の平穏がずっと続くと思ってしまう。


しかし現実には、平穏がずっと続くことはないと思うのです。


ある日、車が追突してくるかもしれない

旅行の日、乗った飛行機が墜落するしれない

前触れもなく、不治の病にかかるかもしれない


確率の低い危機を日々強く感じることはないのですが、危機を感じないからといって、危機がなくなり誰もが永遠に生きられるわけではないのです。


高校生ながら人生の短さに腹落ちしてからずっと、確かなものを探していました。



社会人になった僕は、いつもどこかにゴールを求めて確かなものを探していました。


「生き方」について、わかりやすい答えがないことを理解していても、思わず探してしまうのです。


自分が何者かであるように信じたい

大きな何かを達成したい

自分の信じる何かを成したい

脅迫的とも言える、強い達成欲に突き動かされ続けてきました。何かを達成して次を探して、また達成して次を探して。そんなことをずっと繰り返していました。



2001年の冬、人生で最も大きく体調を崩しました。そんな危機が訪れるとは少しも思ってなかった自分にとって、体調を崩す経験は大きな衝撃でした。


その経験は自分に人生の終わりを意識させるものでした。


「人生が終わる日は、いつ訪れるかわからない」

「もしかすると、やりたいことの前の日かもしれない」


人生の終わりを意識することは、自分の中の「明日死んでもいいように生きたい」という言葉の意味を少し変化させました。


いつ終わるかわからない中で、やりたいことすべてをやりきることができるのだろうか?


人生の終わりがいつ来たとしても、やりたいことは常に残ってしまうのではないか?


「後悔をなくすこと」が幸せに近づくことだと思っていた自分の考えが、少しずつ変わっていきました。



一ヶ月ほど前、ある友人から相談をもらいました。


隣に座っている親しい人から「人生を諦めたい」「すべてを投げ出したい」と言われたとき、自分はどんな声をかけてどんな行動を取ればいいだろう?


とても難しい相談でした。選択肢は無限にありそうで、どの選択も正解ではなく後悔が残りそうな状況だと思いました。


色々な角度から返事を考える中で、気づくことがありました。


人生からの大きな問いは、自分に答えを求めていないのではないか。

質問という形を通して、自分の「生き方」そのものを問われているのではないか?


困難な状況において、どんな選択をしても後悔がなくなることはなく、自分が選べる選択肢は常に一つで、できなかった選択肢は残ります。


後悔の念は、きっと人生の終わりの日でも残ってしまうと感じました。



何をしても何かの後悔が残ると考えたとき、自分の中で相談への向き合い方が変わりました。


変わることのない現実をどのように受け入れるか

なくならない後悔にどのように付き合うか

自分が納得できる選択肢を選ぶにはどうするか


困難だとしても、受けとめて選択する。それしかできないと思いながら、相談に答えました。


きっと、どうあるべき、どうしたらベターか、みたいな話ではないんだろうね。相手の言葉をそのまま受け取るのではなく、言葉に先にある相手の気持ちを自分なりに深く考える。その上で自分が相手に対してどうしたいか。それが大事かもしれない。


困難な状況に直面して人生そのものに問われることは、何を選ぶかよりも、どうして自分がその選択をしたいか。正しい答えを探すより、選んだ選択をどう捉えてより良いものにできるか。


現実を自分なりに捉える「姿勢」と、自らの「意思」で選択をすること。その2つが問われていると思いました。




姿勢とは、目の前の現実をどのように捉えるか。同じ状況を見ても一人ひとり感じ方が違う中で、自分はその状況のどんな側面に光を当てるのか。人に向き合う場合では、その人の何を信じるかということかもしれません。


カウンセラーがクライアントに臨む「態度」に近いものだと思います。


"態度"とは、相手が心の中に何を持っていると信じるのか、相手のどんな側面に関心を寄せ続けるのか、ということ。



同じように、人が人生に臨む「姿勢」が大切だと思うのです。


目の前の人は人生を諦めたいと言っているけど、本当にそうだろうか。

目の前の現実は、自分にとって苦しいものなのか、楽しいものなのか。


現実をどのように捉えるかは、自分が決められると信じています。少しずつだとしても、人は願う方向に進めると信じています。




意思とは、捉えた状況に対して、自分がどんなことをしたいのか。極端に言えば、たとえ自分以外のすべての人が反対したとしても、自分はどんなことをしたいのか。


大切な人と一緒にしたい。支えたい。支えられるようになりたい。


困難は多いかもしれないけど、日々を楽しいものにしたい。


言い換えると、何を選ばないかを決めること。僕の尊敬する先輩からもらった言葉があります。



意思決定はリスクを取ることだ。リスクがない選択はただ流されているだけ。意思のある選択には常にリスクが伴う。選べない選択肢があるとしても、強い意志を持って選び抜くことが大事だよ。



「何をしたいか」を決めることは「何をしたくないか」を決めることでもあります。


大切な人を見過ごすことはしない。

人の人生を諦めることはしない。

「何をしたいか」「何をしたくないか」など、色々な角度から自分の意思を照らすことで、自分の気持ちの解像度を上げることができます。




たとえやり残しがあったとしても、自分の意思と姿勢に嘘偽りがなく納得感があれば、きっとどんなことも受け入れられると思うのです。


「納得できるまでやったからいいじゃないか」

「自分のできることはいつもしている」


どんなことを達成したかではなく、「自分が大切にしたいことを大切にできるか」「やりたいことを、やりたいように、やれているか」が大切なのだと思います。


誠実で真摯であろうとする姿勢

やさしくつよくあろうとする姿勢

いつも楽しむための工夫をする姿勢

常に冒険者たろうとする姿勢

世界を明るく捉える姿勢

自分の意思と姿勢を考えていると、「明日死んでもいいように生きる」という言葉の意味が再び変化していきました。


日々、大切な何かを見過ごしてはいないか

いま、ここで、やりたいことができているか

いまの気持ちは、満ち足りているか


「いま、ここ」において、自分なりの意思と姿勢を持てているか。それを実行できているか。そんなシンプルな意味になってきました。



スティーブ・ジョブズの有名な言葉は、人生に対する意思と姿勢を問うものです。


「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」



それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと僕は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。


不完全さを受け入れて、人生を受け入れる臨床心理の第一人者に、河合隼雄さんという方がいます。


カウンセリングの終わり方に関する文章が、心に残っています。


完全な人間などいない。

不完全な人間が、不完全ながら私の力で生きていきますというときにカウンセリングが終わる。



カウンセリングの実際問題 | 河合隼雄


自分の生き方の不完全さを受け入れ、完全に不完全さを受け入られたとき、人は自立できる。一人で生きていくことができると、河合さんは言います。


カウンセリングの終わりと向き合う姿勢は、人が人生と人生の終わりへの向き合い方に共通するものがあります。




やりたいことはまだまだある。人生の終わりまでに完全にやりきることができないかもしれない。ただやりきれないことがあったとしても、日々懸命に向き合い、自分なりにできることはやっている。自分の不完全さを受け入れて、自分なりの意思と姿勢を貫いていく。そして日々と人生が充実している。


「長い人生で何を成すか」ではなく、「日々をどのように生きていくか」が大切だと思うのです。




ずっと大切にしてきた言葉ですが、「明日死んでもいいように生きる」と答えきることに抵抗感がありました。


何かを諦めてしまうようなニュアンスがあり、自分の中の大切な価値観の一部を含んでいないような気がしていました。


そんなことを思いながら過ごしていると、星野道夫さんが書かれた「旅をする木」の中で、すてきな言葉を見つけました。



「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える。」


人生と世界の終わりを受け入れてもなお、 自分の意思を貫こうとする。未来の希望を信じ続ける姿勢。


人生の終わりにすることは何も特別なことでなくていいのだと思いました。


今日していることを人生最後の日もしたいと思えることは、とてもすてきだと感じました。




そして幸運なことに、僕は今、明日人生が終わるとしてもやりたいと思えることを、日々できているということに気づきました。


たとえ明日、人生が終わるとしても、

・いま大切だと思う人のそばにいたい。

・アドレスホッピングな生活をしたい。

・会社を通して人の物語を支えたい。


そう思えるくらい、日々が充実しています。


自分の「生き方」というものを考え、記事を書きながら向き合うことを通して、日々の充実に気づくことができました。


これまでのさまざまな幸運と自分の周りにいる人、出会ってくれたサービスへの感謝の気持ちでいっぱいです。


僕はきっとこれからも、色々な人に出会い色々な経験をして少しずつ変化をしていくのだと思います。ただ自分がどれだけ変化しても、大切なことはいつも少しだけなのです。


自分なりの「意思」と「姿勢」を大切にしながら、日々を過ごしていきたい。




まとめ

・困難な状況は、自分に「生き方」を問いかける

・人生の終わりは唐突で、常にやりたいことが残る

・生き方は「意思」と「姿勢」で示される

・意思:何を選び、何を選ばないか

・姿勢:現実のどこに光を当てるか

・自分なりの「意思」と「姿勢」があれば、それでいい



最後まで読んでいただきありがとうございました。


実はこの記事、書くのに一ヶ月ぐらいかかってしまいました。書いては消して書いては消して、自分の中にある大切な点と点を紡いでいくような時間でした。


「生き方」という壮大なテーマに対して、現時点での自分なりの想いをなんとかまとめられたことをうれしく思います。


考えをまとめることで自分と世界が変わることがほとんどないのですが、日々を充実させるためには、自分がいま考えることへの解像度をあげていくことが大切だと感じます。


この記事が、読んでくれた方の、何かのきっかけの一部にでもなれたら、心からうれしいです。ありがとうございました。  




自粛で行けなかったサーフィンに行ってきました。


ほっそーい小道を抜けた先に  徐々に見えてくる海にテンションあがる。

いつ来てもパワーもらえる場所。


サーフィン出来ることに感謝。



雨続きで、ダイのお散歩にはレインコートが必需品。


無理矢理着せられ迷惑そう(笑)


今日は警報級の大雨の予報。
被害が出ませんように。


それでは。






こんばんは。



笑いって重要ですよね。


人生を幸せにして人とのつながりを強くしてくれるスパイス。


よく笑う人は心疾患死のリスクが少なくなる、がんによる痛みが減る、不安やうつが少なくなる、などなど、程度に差はあれ健康効果もある程度示されています。




さて、アメリカ人はジョークが好きです。


"I have a good one!"


と言われたら身構えて?!ください。


「とっておきのジョークがあるけど聞いて!」


という合図なのです。



ところが、、、


ぼくはアメリカ人のジョークが全くわかりません。


日本のお笑いは好きだし、それこそバカ笑いすることもあるのですが、アメリカ人のジョークは聞き取れないか、聞き取れたとしても何がおかしいのかわからない。


最悪なのは仕事中の忙しい時にジョークを言ってくる時。


もう何年も前になりますが、ジョークがあまりにもわからないので、


"Sorry, can you repeat it for me?  I wasn't paying attention..."

(ごめん、ちょっと聞いてなかったからもう一度言って・・・)


みたいに聞いてなかった、聞き取れなかった、なんて感じで何度か聞き返していたので、次第にジョークを言ってくる人が少なくなってしまいました。


そりゃそうですよね、満を持してジョークを言っているのに、


「もう一度言って」って、、、


お笑いで禁忌の「今の話何が面白いのか説明して」


みたいな厳しい返しなのです。


これはマズイぞ、と思って、その後しばらくジョークっぽい話を持ちかけられたら、とりあえず何でも笑って返すことにしたのです。


すると、


"Umm, I was actually not joking but asking you a question..."

(あのー、ジョークじゃなくて質問してるんだけど、聞いてた?)


・・・。


これをきっかけに、仲のいい友達には


「アメリカ人のジョークわからないからね!」


と素直に言うようになりました。



今はどうかって?


まだまだジョークはわからないけど、ジョークがわからないっていうカミングアウトがウケたらしく、むしろいろんなジョークを言われる機会が増えました。


そうしていろんなジョークを聞いていると、アメリカ人はいわゆるオヤジギャグ的な単純なのが好きなのかも、と気づきました。



そういえば日本のいわゆる(笑)はアメリカでは lol (エル・オー・エルと発音します)が相当します。


lol = laughing out loud (大声で笑う、ふきだす)


の略ですが、オンラインスラング辞典であるUrbanDictionaryでは


lol = lack of laughter (笑えない、もはや誰も笑わない)


にするべきだという主張が載っていました。確かに。


アメリカンジョークのわかる方、コツを教えてくださーい!!!







「年間で200万人、いや260万人もの子どもが、防ごうと思えばできたような病気のせいで命を落としているんだよ。

他にも何百万人もの子どもたちが虐待や暴力の犠牲になっていると聞いている。こんなことは起こらずに済むはずのことなのに…そうと思うと本当にいたたまれない気持ちになるんです」(マイケル・ジャクソン)


戦争、貧困、飢餓、経済至上主義、差別、自然破壊、エネルギー問題


20世紀〜21世紀を生きる人類は常に大きな問題を抱え、様々な出来事に直面してきた。その問題の起因となっているものの多くは人類の“自業自得”ともいえるもの。


これまでもたくさんの歌や文学、映画やドラマ、舞台などの作品を通じて「地球が傷ついている」「世界が病に冒されている」というメッセージが伝えられてきた。



本日6月25日は僕のダンスに影響を与えた一人でもある“KING of POP”ことマイケル・ジャクソンの命日。


早いもので、マイケルが亡くなってから11年が経ちました。


生前、マイケルはあるインタビューでこんな質問を受けた。


「残りの人生で、たった1曲しかパフォーマンスできないとしたら、どの曲を選びますか?」


マイケルは「う〜ん…2、3曲選んじゃダメ?」と真剣に悩みつつも、きっぱりとこう答えたという。


「1曲だとしたら…やっぱり“Heal the World”だよ。あの歌は僕が今までにレコーディングしてきたすべての楽曲中でも特別な曲なんだ。人々の心の中に、これからも長く生き続けると思っているよ。何かとても特別なもの、何かとてもイノセントなもの、何かとても大切なものについての曲だから。」




君の心の中に小さな場所がある

僕にはわかってる...その場所こそが愛なんだ

君のため  僕のため

世界を癒すんだ

そして人類みんなのために



この歌はマイケルが1991年(当時33歳)に発売した楽曲で、作詞作曲は彼自身によるもの。


それは“20世紀最後の戦争”ともいわれた湾岸戦争が勃発した年でもあった。


アメリカや多国籍軍の戦死者が 200~300人だったのに対して、イラクでは子どもたちや女性、老人の民間人を含む3万人以上人が亡くなったといわれている。


世界中が再び戦争の理不尽さを目の当りにした時期に、マイケルはこんなメッセージを発信することとなる。


日々をもっと注意深く見つめてみれば

人々が傷つき死んでいく

なぜ僕らは生命の首を絞め続けるのか?

この地球を傷つけ その魂を十字架に磔にするのか?


ディスニー映画やフランク・シナトラ、アレサ・フランクリンなどを手掛けてきた音楽監督マーティ・ペイチによるプレリュード(前奏曲)部分に“少女の語り”が重ねられていて、よりドラマティックな仕上がりとなっている。


本作のMVには、アメリカやアフリカ、中国や中東、東ヨーロッパなどで内戦や政府による抑圧、差別や貧困で苦しんでいる様々な人種の子どもたちが登場している


マイケルはこの作品の発表を契機に、1992年に「ヒール・ザ・ワールド財団」を設立した。


財団の目的は、世界中の子どもたちが様々な暴力や差別、放置といった不幸にさらされないようにするというものだった。



財団設立にあたって、当時マイケルが語ったメッセージをご紹介します。


「僕らのミッションは世界を変えること。子どもや生態系やこの地球に対するみんなの認識を変えて、みんなにとってもっと素晴らしい場所にすること。そしてその第一歩は子ども達を救うことだと思っています。だって彼らこそが未来ですから。やり遂げるまで、決してこの使命から離れないつもりです。」

Rest in peace Mr.Jackson.
We still loving you.




朝晩の涼しさに比べて、日中は暑いですね。

温度差で体調を崩さないよう、お過ごしください。

それでは。