補陀洛山寺 熊野三所大神社 | まっちゃんの人生おもしろおかしく生きていきたい

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「青岸渡寺」は神仏分離令により、仏具などを一時的に倉庫の代わりとして保管した「補陀洛山寺(ふだらくさんじ)」は、JRきのくに線の那智駅の側にあります。


「補陀洛山寺」に隣接して「熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわしゃ)」があります。


「青岸渡寺」と「熊野那智大社」が昔、神仏習合として一緒だったように、「補陀洛山寺」は「熊野三所大神社」の守護寺として一緒でした。


「白華山(はっかさん) 補陀洛山寺」。創建は「仁徳天皇」御代(313~399年)。開基は「裸形上人」。宗派は「天台宗」。本尊は「十一面千手千眼観世音菩薩像」。


「補陀洛山寺」も「青岸渡寺」と同じく、「裸形上人」によって開かれたと伝えられています。


江戸時代まで那智の七本願の1つとして繁栄していましたが、1808年の台風の被害により壊滅してしまいます。


壊滅してからの復興状況など分かりませんが、明治時代の神仏分離令の影響で「青岸渡寺」の仏具などが、「補陀洛山寺」に保管されていたようで、現在の「補陀洛山寺」は1990年に再建された本堂のみとなっています。



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山門もなく本堂のみです。



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本堂。1990年に再建。



「本堂」には平安時代後期作と言われる重要文化財で秘仏の、「十一面千手千眼観世音菩薩像」が安置されています。1月、5月、7月の3度、開扉されるようです。


「十一面観音」は通常、頭の上に11の顔があるのですが、「補陀洛山寺」の観音様は三貌の「十一面観音」で、「阿修羅像」のように両脇に憤怒の顔がある珍しい観音様だそうです。



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本堂手前。



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本堂内は撮影禁止なので、本堂前から撮影。



西国三十三ヶ所観音霊場で、「六波羅蜜寺」と「総持寺」の山号が「補陀洛山」となっていますが、この「補陀洛(補陀落)」という言葉はサンスクリット語の「ポタラカ」の音訳で、南方の彼方にある観音様が住む「観音浄土」という意味だそうです。


日本において「補陀洛(補陀落)」は南の海の果てにあるとされ、「補陀洛(補陀落)」を目指して船を出すことを「補陀落渡海」と言うそうです。


「補陀洛山寺」はこの「補陀落渡海」の出発地だったそうです。


「補陀洛山寺」には「補陀落渡海」に使用された、「補陀落渡海船」を復元したものがあります。



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本堂の左手にある補陀落渡海船。1993年に復元された。



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小さな小船で中央に屋形があり、上下左右、鳥居に囲まれている。



「補陀洛山寺」からは平安時代から江戸時代にかけて、25名が「補陀落渡海」を行ったと伝えられています。


南方の彼方へ行くので北風が吹き出す11月頃から、「補陀洛山寺」の側にある「那智の浜」から出航したようです。


「補陀落渡海」は屋形に渡航僧と1ヶ月分の食料などを入れ、外に出れないように扉を釘で打ちつけ、別の船で沖合いまで曳船されて綱切島に来ると綱を切られます。


風や潮に流されて大海原を漂い、観音浄土へ生まれ変わることを願いながら、やがては船が沈み入水往生してしまう捨身行だったようです。


「補陀洛山寺」では住職が60歳ぐらいになると、渡航しなければいけないという慣わしになり、その歳を過ぎて渡航を行わない住職は、信者から後ろ指を指されたと言われています。


しかし江戸時代には生きた人間が渡航するということはなくなり、その代わりに「補陀洛山寺」の住職が亡くなった際に、生きているかのごとく「補陀落渡海」を行ったようです。


「補陀洛山寺」の境内には「補陀落渡海」を行った人達の記念碑があります。



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補陀落渡海記念碑。25名の名が刻まれている。



「平清盛」の嫡孫で「平重盛」の嫡男である、平家一門滅亡の最後の人物、「平維盛(これもり)」も記念碑に名があり、「補陀落渡海」を行った人物とされています。


「補陀洛山寺」のその他の史跡などを紹介します。


「補陀洛山寺」も「紀伊山地の霊場と参詣道」の1つとして、ユネスコから世界遺産に登録されています。



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本堂左前に世界遺産を示す石碑が。



「本堂」右手前には「聖観世音菩薩像」、「地蔵菩薩像」、「手水舎」があります。



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聖観世音菩薩像と地蔵菩薩像。



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小さな手水舎。



「本堂」の裏山に「補陀落渡航」を行った僧たちの墓や、「平維盛」、「平清盛」の正室「平時子」の供養塔があります。



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渡航上人の墓。補陀落渡航した僧のことを渡航上人と言う。



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平維盛、平時子の供養塔。



次に「補陀洛山寺」の右手にある、「熊野三社大神社」を紹介します。


「熊野三社大神社」は「熊野九十九王子」の1つ、「浜の宮王子」の社跡に建っているので、「浜の宮大神社(はまのみやおおみわしろ)」とも言われています。


「熊野九十九王子」とは熊野詣における道中に熊野の御子神を祀った神社であり、難行苦行の信仰の道をつなぐために設置されたもので、熊野詣に訪れる人々が長旅の疲れを癒すために宿泊したり、熊野詣の安全を祈願する場所であったそうです。


「九十九」ということで99の数の神社があるわけではなく、「多くある」という意味で使っているようです。


「夫須美大神(ふすみのおおかみ)」、「家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)」、「速玉大神(はやたまのおおかみ)」の3神が主祭神であることが名称の由来だそうです。



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入り口には鳥居があります。



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左には社名の石碑が。



「鳥居」の右手には樹齢推定800年の「大樟(おおくすのき)」があり、「浜の宮王子社跡」を知らせる石碑があります。



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大樟。浜の宮王子前には渚の森という森があり、大樟も渚の森の1つであった。



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浜の宮王子社跡を知らせる石碑。



境内に入ると左手に「神武天皇頓宮跡」の石碑があります。


「神武天皇」は神武東征の際、「浜の宮」に上陸したと伝えられています。



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大正期に建立。神武天皇がこの地に留まったとされる。



正面に建物があって奥に「本殿」があります。



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建物の中央が門のように空いている。



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左手には手水が。



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本殿。三神を祀るので3つの部屋があり、鈴や賽銭箱も3つある。



「本殿」には左右に男神像2躯、中央に女神1躯祀られているようで、男神は「彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)」、「大山祇神(おおやまづみのかみ)」、女神は「天照大神」と伝えられています。


主祭神と言われる3神と違うのがよく分かりません・・・。


この3躯の神像は平安時代後期の作と推定されて、重要文化財に指定されています。


「熊野三所大神社」の境内は、「浜の宮王子社跡」として和歌山県指定史跡となっているようです。


「青岸渡寺」、「熊野那智大社」を参拝する際は、「補陀洛山寺」、「熊野三所大神社」も参拝して欲しいですね。