熊野那智大社  熊野那智大社別宮飛瀧神社 | まっちゃんの人生おもしろおかしく生きていきたい

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西国三十三ヶ所観音霊場、第1番札所「青岸渡寺」に巡礼した際、「熊野那智大社」、「那智大滝」にある「熊野那智大社別宮飛瀧(ひろう)神社」も、少しだけ立ち寄って参拝しました。


「熊野那智大社」ですが「熊野三山」の1つで、残り2つは和歌山県田辺市にある「熊野本宮大社」、和歌山県新宮市にある「熊野速玉(はやたま)大社」となっています。


「熊野三山」は日本全国にある「熊野大社」の総本社で、ユネスコから「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されています。


「熊野那智大社」の始まりは「神武天皇」が「神武東征」にて、那智勝浦町にある「浜の宮、補陀洛山寺」に上陸し「那智大滝」に辿り着き、国づくりの神である「大巳貴命(おおなむちのみこと)または大国主命(おおくにぬしのみこと)」を神として、社殿を造り祀ったと言われています。


「仁徳天皇」御代の頃(317年頃)、「那智大滝」の見晴らしの良い現在地に社殿を移したと伝えられ、「那智大滝」を「熊野那智大社別宮飛瀧神社」とし、「熊野那智大社」は祭神を「大巳貴命」の親神である、「夫須美大神(ふすみのおおかみ)または「伊奘冉尊」(いざなみのみこと)」として祀ったようです。


平安時代後期に「平重盛」が造営奉行として大造営し社殿を整えますが、「青岸渡寺」と同じく「織田信長」の焼き討ちにより全焼してしまいます。


その後、「豊臣秀吉」が再興し、江戸期の亨保、嘉永年間に大改修が行われたものが、「熊野那智大社」の主な現在の社殿のようです。


「青岸渡寺」の「本堂」左手に隣接するように、「熊野那智大社」はあります。


「青岸渡寺」の境内からも「熊野那智大社」へ入ることが出来ます。



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青岸渡寺から入ることが出来る。本殿が少し見える。



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那智山 熊野権現と刻まれた扁額。



「熊野那智大社」を目的に参拝する方は、「青岸渡寺」の「山門」の石段を登らずに左手に行くと、「熊野那智大社」へ行く「一の鳥居」があります。



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熊野那智大社の一の鳥居。



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こちらには世界遺産を知らせる石碑が。



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手水舎。



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児宮 多富気王子神社。



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熊野那智大社側の石段。



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登りきると二の鳥居があります。



「二の鳥居」の右手に「拝殿」があり、「拝殿」の奥に「本殿」があり5棟5殿となっており、「拝殿」から向かって右から「第一殿 瀧宮」、「第二殿 証誠殿」、「第三殿 中御前」、「第四殿 西御前」、「第五殿 若宮」と並んでいるようです。



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拝殿。



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拝殿正面。



「拝殿」左手には1棟8殿の「第六殿 八社殿」があります。



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第六殿 八社殿。



ニュースでもご覧になったと思いますが、台風12号の影響で「第五殿 若宮」と「第六殿 八社殿」の間の裏山が崩れて、土砂が流入し被害を受けました。


被害を受けた当初はテレビのニュースで、かなりの土砂が「第五殿 若宮」、「第六殿 八社殿」に流れ込み、一部破損していたりしていました。


現在はかなり復旧したようですが、まだ被害の傷跡は残っているようです。


隣接する「青岸渡寺」は境内に土砂が少し埋まったぐらいで、破損などによる大きな被害はなかったそうです。


世界遺産なので、一早く元の姿に戻って欲しいと願うばかりです。


通常、「熊野権現」は「熊野十二所権現」として祀られているのですが、「熊野那智大社」は「本殿」の5つ祭神と、「八社殿」の8つの祭神の「熊野十三所権現」となっているようです。


これは「那智大滝」の神である「飛瀧権現」を、「第一殿 瀧宮」として祀っているから1つ多くなっているようです。


「第六殿 八社殿」の前には、「八咫烏(やたがらす)」の像があります。



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八咫烏(やたがらす)。3つの足を持つカラス。サッカー日本代表のシンボルマークです。



「八咫烏」は「古事記」や「日本書紀」などによると、日本の最初の天皇である「神武天皇」が日本の実権を握るために、九州の宮崎から大和への東征(神武東征)を行う際に現れた神様だそうです。


「神武天皇」は最初、最短距離である瀬戸内海から大和へ入り、戦いを挑みますが敗北してしまいます。


「神武天皇」は「我々は日の神の子孫なので、日に向かって(東方向)戦うことは良くない。南へ回り込んで日を背にして(西方向)から戦おう」と言い、熊野灘から那智の「浜の宮、補陀洛山寺」に上陸し、熊野を越えて大和へ侵攻しようとします。


しかし、熊野越えは深く険しい難所で大和へ入るには困難を極め、「神武天皇」は道に迷ってしまいます。


すると「天照大御神」が遣わした「八咫烏」が現れて、熊野越えの道案内をして「神武天皇」は無事大和へ辿り着き、勝利を収めたと伝えられています。


そういうことから「八咫烏」は、勝利を導く神様として崇められているようです。


日本サッカーのシンボルマークの由来は、明治時代に日本に初めて近代サッカーを伝えた「中村覚之助」氏が那智勝浦町出身なので、その敬意を評して「八咫烏」をシンボルマークに決めたようです。


「二の鳥居」の正面には「宝物殿」があります。



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宝物殿。絵馬が来年の龍に変わっていました。



「拝殿」側には「那智大楠」と呼ばれる、樹齢約850年と言われる大きなクスノキがあります。


「那智大楠」は「平重盛」が「熊野那智大社」に参拝した際に、手植えされたものと言われています。


巨大な根元は空洞になっていて「樟霊社」と呼ばれていて、中に入り胎内めぐりが出来るようです。


初穂料300円を支払い護摩木を受け取り、護摩木に名前と願い事を書いて入り、出口の護摩舎に納めて後に焚き上げ祈願してくるようです。



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那智大楠。鳥居から中に入ります。



次に表参道入口のバス停付近にある、「熊野那智大社別宮飛瀧神社」を紹介します。


「熊野那智大社別宮飛瀧神社」には「拝殿」や「本殿」がなく、それは「那智大滝」がご神体とされているからのようです。



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飛瀧神社の入り口の鳥居。



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那智大滝の石碑。



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外国の観光客がたくさん記念撮影していた石碑。世界遺産ですもんね。



石段を下って行くと「那智大滝」の真下に着きます。



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那智大滝の正面に鳥居がある。



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一の滝と言われる那智大滝。



「那智大滝」の落差は133mで、1段の落差として日本一の滝のようです。


滝の落口は3つに分かれているので「三筋の滝」と言われ、「那智大滝」の特徴のようです。


最後に「熊野那智大社別宮飛瀧神社」も台風12号の被害を受けているようで、鳥居の右側が陥落していました。


「那智大滝」の滝壷も景観が変化したようです。



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滝壷まで行きませんでしたが鳥居周辺も、こんな具合です。



「熊野那智大社」ですが十分観光できるほど復旧しているんで、台風12号の被害で観光を中断された方は是非、世界遺産を堪能して欲しいですね。