このブログではたびたび性自認について触れてきましたが、性自認というコンセプトそのものを認めない論調が反トランスの間であまりにも多く、改めて私の考え方を整理したい衝動に駆られてしまいました。特にここ1,2年はSNS、Youtubeのコメントなど反トランスの書き込み量が圧倒的でうんざり。そんなところで反論しても不毛なので(というか私ほとんどSNSやってませんが)、ここで要点を述べさせていただければと思います。

 

つまり性自認とは単にその性別であると「感じている」以上の自分の根本的なアイデンティティーの一部なんですよ、ということですね。今までの投稿を読んでいただいている方には繰り返しになるかもしれませんがご容赦ください。

 

まず、性自認はトランスジェンダーだけが持つものではありません。多くのシスジェンダーの方も性自認をもっています。もちろん性自認をもっていない、あるいはかなり薄い(緩い?弱い?)人達もいます。つまり性自認には性別の指向のほかに強弱の違いもあり、マトリクスにしてみたのが2023年10月の投稿「私の性自認について」で載せた下の図です。

 

 

私はシスジェンダーの方にもご自身の性自認がこの図のどこになるか考えていただければいいな、と思っています。トランスジェンダーにとっては性自認のコンセプトが必要不可欠ですが、シスジェンダーの方には自分の性自認を考える必要なんて全くなかったでしょうから。

 

もし考えてみてやっぱり性自認は身体の性別と同じだ、ということであれば、今度はご自分の意識が身体から独立している場合を考えてみてください。自分の意識が今の身体から離れてみたら、あるいは今の身体が前提でなかったら? それでもご自分の「意識の性別」「魂の性別」は同じですか?

 

もしそれでも身体と一緒の時と同じ性別、ということであれば性自認が身体の性別に影響されていないということです。身体から完全に独立してしまったら、今の身体が前提でなかったら性別はわからない、あるいは魂に性別なんてない、ということであれば性自認は持って生まれた身体の性別に影響されているということだと思います。前者の場合は身体の性別と関係なく確固とした性自認をもっているということ、後者の場合はフレキシブルな性自認のため身体の性別に自然に合わせられるということ。

 

前者の場合はシスジェンダーの方でももし別な性別の身体で生まれてきたら性別違和を感じるはず。でも後者の方はどちらの身体の性別でも受け入れられる、身体に合わせられるので性自認の考え、性別違和の辛さはわかりにくいかもしれません。後者の方には自分の意識の性別、つまり性自認を身体に合わせられない人もいる、ということを理解していただければいいなと思います。

 

前者と同じく自分の意識が確固とした性別を持っているのに身体がそれに合致していない場合がトランスジェンダーというわけですね。(実際には身体だけではなく社会的にどちらの性別で育ったかも大きな要因ですが、身体の性別と幼少時の社会的性別はほぼ一致しているので、話を単純にするために省きました) 

 

シスジェンダーの方にご自身の性自認を認識してもらえることが性自認って本当にあるんだ、すごく根本的なアイデンティティーの一部なんだという理解につながるかも、と思っての投稿でした。

 

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