さて、私が妻にカミングアウトしてから8年半ちょっと、そしてHRT開始、つまり私が性別移行開始と考えている時点から7年ほど経ちました。1年半ちょっと前のSRS以降はほぼ毎日本来の性別で生活していますが、思い返すと感慨深いです。カミングアウト前はこの私が女性として生活できるようになるなんて考えられなかった。アラフィフまで100%男性として生きてきた私を女性として認識してくれる人がいるなんて想像できなかった。8年前、女性として週1回の外出を始めたころは外出のたびにめちゃめちゃ緊張していたのに、今では随分ずうずうしくなっています。一時帰国の日本では私の「パス度がた落ち」と以前にも述べましたが、街を歩いていてもお店でも交通機関でも今ではびくびくしなくなりました。
HRTの効果は薄毛の進行(とその他の老化)で相殺されているのでこの8年でパス度が上がったわけではないと思ってますが、本当のところはわかりません。ただあからさまにいやな顔をされたことはないのでそれは感謝。自分の欠点(=男性的な身体的特徴)は私が一番わかっているつもりですし、もちろん気が付いておられる方もいらっしゃると思います。でも人前でびくびくしてても何もいいことはないんですよね。それでパス度があがるんだったら全力でびくびくしてるところですが。
それはともかく、女性として外へ出ると予期してなかった新しい体験もあります。その一つがエレベーター。先におろさせてくれたりドアを押さえていてくれる男性がいること。うわ、これってすごい親切!「どうぞ」なんて言われたこと一度もなかった! 男性時代には絶対あり得なかったことなので結構まんざらでもありません。でも考えてみたら私、男性時代はこれを忠実に、無意識に毎回やってました。エレベーターに乗ったら必ず入口横でドアを押さえられる位置に陣取り、急いでいる時でもドアを押さえながら老若男女構わず皆さんに先に降りてもらってました。(皆さん当然のように先に降りてました) 実は今でも癖で同じようにやってしまうのですが、中には困惑する男性もいて、その場合は丁重にお礼を言って先に降ります。これってそのうち慣れるんだろうか。
声は気を付けていますがこれもどうなのか自分ではわかりません。よく言われますが自分に聞こえている声と周りに聞こえている声ってちょっと違うみたいだし。でも仕草に関しては逆に(これも以前お話しした通り)気を付けるどころか完全に地で行っています。男性時代は常に、ほぼ無意識に男性的な仕草をしなきゃ、と気を使っていたのが今になってみるとよくわかります。そんなことしなくてよくなった、という解放感はうれしいですね。50代半ばまでずーっとそうしてたんだな、自分を抑えつけていたんだなって。
あんなにも長い間自分で自分を男性だと信じ込ませようとしていたなんて。無知とは恐ろしいものです。そしてやっと明らかになった性自認、性別違和という概念、本当の私を理解するのに不可欠だった発見を「恥ずべき嗜好」としてあるいは「ジェンダー・イデオロギー」(つまり「間違った意見」)として葬り去ろうとしている反トランスジェンダー、性自認否定派の人たち――TERF、トランプ支持者などみんな重なっていますが――によってこれからの世代のトランスジェンダーの人たちが今までの世代と同じような苦しみを味わうことになりませんように。正しい知識に少しでも多くの人たちがアクセスできますように。
このブログが一人の当事者の声として少しでも多くの人に届けばいいな、と思っています。読んでいただきありがとうございます。