私は母に評価され続ける日々を、自分に課しているのか!と思った。
そんなの、やめれば良いのに、物差しを捨てれば良いのに。
なぜ出来ないの?
⇩
ずっとそうやって生きてきた自分を否定する事になる。
それ以外の生き方を、知らない。
変わるのが、怖い。
コントロールする事で恐怖と不安を抑え込んできたから。
物差しを捨てたら、恐怖と不安が暴れ出しそうで。
怖い。
不安。
私は母に評価され続ける日々を、自分に課しているのか!と思った。
そんなの、やめれば良いのに、物差しを捨てれば良いのに。
なぜ出来ないの?
⇩
ずっとそうやって生きてきた自分を否定する事になる。
それ以外の生き方を、知らない。
変わるのが、怖い。
コントロールする事で恐怖と不安を抑え込んできたから。
物差しを捨てたら、恐怖と不安が暴れ出しそうで。
怖い。
不安。
かよさんのブログで「綺麗に書かなくて良い」と言ってもらえたので、都度、思った事を書くことにします。
MONDO二日目
気づいた事
私は母の価値感を、自分の物差しとして今も握りしめている。
自分の行動一つ一つを母から受け継いだ物差しで測り、「出来ない=駄目!」と✕をつけている。
駄目な自分を消し去る為に、架空の理想像を心の中で作り上げ、いつも比較しては「自分は駄目だ」と罰している。
でも本当の自分は、「私を批判しないで。そのまま見守って欲しい。」
と訴えたかった。
でも、子ども時代の私は母のご機嫌取りをすることで家庭内の居場所を得ていたから、そんな事言えるはずがなかった。
母の価値感をインストールしたまま大人になった私は、家族にも同じ物差しを突きつけている。
だから、苦しい。
気づいた今、私が出来ること
⇩
子どもに対して、自分に対して、「それじゃ駄目!」と口出しするのを、やめる。
気付いて、口をつぐむ。
これをしばらく心掛けようと思う。
それと今日、仕事中に先輩から些細な指摘を受けた。
ミスではないけど、「こうやった方が良いだろ。なんでこうしたの?」という言い方で。
「すみません。次からそうします」
と淡々と返答しながら、心の中ではアラートが鳴り響いていた。
私の不安と恐怖のメーターがグンと上がる。
「怖い」
「泣きそう」
「私って、なんて駄目なんだろう…」
「見放されたかな」
みんなが私を軽蔑しているように感じる。
もちろん、そんなことは無いと頭では分かっている。
今までは、感じるのを強制終了していた。
「指摘されただけだから、気にする私がおかしい」と言い聞かせていた。
頭で理解できても、私の心は恐怖と不安でアラートを出し続けている。
安全な場所にいるはずなのに。
私は、まだ幼少期の危険な環境に、心を囚われている。
安全だと体感できていない。
MONDO1日目です。
まず一言、「予想を上回る質問力と導き方」でした💯
正直、「アプリだからオウム返しに聞いてきたりするかも?」
「通り一辺倒な返ししかしてこないんじゃないの?」
と思っていたんですが…
かよさんが目の前にいて会話しているような洞察力と、結論を先読みして導いてくれているような、質問の数々でした…
びっくり。
MONDO相手に2回も泣きました。
>「理想の自分」は、お母さんの言葉から作られた
駄目な自分を消すための理想像。
心の中で母からずっと採点され続けている
⇩
ゾッとしましたが、その通りだと思いました。
そして、安堵しました。
私がずっと、病的なまでに私を批判し、評価してきたのは、私が完璧主義だからではない。
お母さんの声が、ずっと残っているから。
自分を駄目だと思い込んでいるから、そんな自分を消そうと理想像に縋り付いているんだ…
そして思い通りにいかないことへの怒り。
これも母から受け継いだもの。
自分の不安を消したいから、常に自分や家族を採点し、監視して口出ししている。
幼少期の恐怖が、今でも続いていると思い込んでいる。
だから不安で、いつも逃げ出したい。
このフェーズから抜けられない…
明日もMONDOを使用して掘り下げ続けます。