ADHDの特徴の一つに、片付けが出来ない(部屋が汚い)が挙げられる。


実家はそこまで汚くなかったが、父方の祖母は物を捨てられず、ティッシュ等の粗品を倉庫に溜め込んでいた。


兄の部屋も足の踏み場が無く、牛丼屋の容器が天井まで積み上げられていた。


母や父が見かねて片付けると、兄は激怒していた。


私は兄を他人事のように見ていたが、実際に私が一人暮らしを始めると、見る間に部屋はごちゃごちゃになってしまった。


物を、どこに収納すれば良いのか分からない。

置き場所を決められない。


片付けようとしても、途方に暮れてしまう。


夫と結婚して、夫の母が潔癖症で綺麗好きという事もあり、掃除や整理整頓を教え込んでもらった。


お陰で我が家は何とか普通レベルを保っているが、相変わらず私は整理整頓が苦手だ。


部屋の片付けが、ものすごくストレスに感じる。



それは子供達が生まれてから、より顕著になった。


子供用品、おもちゃ等で部屋がごちゃごちゃになる。

片付けても片付けても、子供に引っ張り出される。


毎日ノイローゼになりそうだった。



昨日も息子のレゴやLaQ、娘のパズルが散らかっていて、

「掃除機をかけたいから、みんなで片付けよう!」

と声掛けしたが、子供達は片付けに身が入らない。


息子に「鉛筆をペンケースに入れてきて」と渡しても、そのまま床に置いてレゴを作っている。


娘にパズルのピースを渡しても、入れてこない。


私は苛立つ。


片付けても片付けても、子供達に出されて、しかも元の場所に戻さない。


私が完璧主義だからなのか?


「使わないなら、捨てるよ。」

とゴミ袋にいれると、娘は

「捨てない!」

とゴミ袋から出す。


…どうすれば良いんだ。


「家族で過ごす部屋だから、みんなが居心地良く過ごせるように、元の場所に戻してね。」


イライラしながら子供達に伝える。


何とか片付けが終わった頃、買い出しをしてくれた夫が帰宅。


私が「片付け、大変だったよ…」と夫に愚痴ると、

夫「お疲れ様。

俺も完璧主義だからさ。今日は床だけ綺麗にする!とか、部分的に決めてやってるよ。

とりあえず休むか。」


と、お茶を出してきて労ってくれた。


そうか、私は完璧主義なのか。


それで少し冷静になれたが、イライラから頭痛が出てしまった。


こめかみが引きつるような鈍痛に顔をしかめる。


頭痛が出ると、私はメンタルが回復しない。


イノシトールとテアニンを飲んで、ホットミルクを飲んでみる。


理想は、子供達が自分で元通りに片付けられるようになって欲しい。


でも。それは理想が高いんだろうな。


現実は、片付けられない。出したら出しっぱなし。


例えば、出したものを元の場所ではなく、お片付けBOXを用意して入れてもらおうかな。


それならハードルが下がるから子供達にも取り組みやすいかな…


妥協点を見いだせるようになりたい。

昨日、学童に迎えに行くと、先生から

「ロッカーが狭くなったので、息子くんと荷物の整理をしました。

これ、持って帰ってくださいね」


と、水筒と着替えを渡された。


水筒、1ヶ月前に無くしたやつじゃん。


学童のロッカー内のリュックに入っていたのか…


私はムカッとした。


「せっかく、新しい水筒を買ったのに!」

もっと早く見つかっていれば。

息子がロッカーをちゃんと探していれば。


怒りがむくむく湧いてきた。


学童に忘れ物の問い合わせをした時も、先生は

「ありませんでした」

と言っていた。


ムカムカ。

やり切れない怒り。

息子に、先生に。


「なんでちゃんと探さないんだよ!!」



この場合の理想は何だ?

息子に対して押し付けている理想

自分の物は全てどこに置いたか把握して、無くしたら見つかるまで探すこと。


現実

見つけられない息子は✕


先生に対する理想

親の要望に応えて当たり前。ちゃんと探して当たり前。


現実

ちゃんと探してくれない先生は✕



どんだけ理想を押し付けているんだ?

私は。


そもそも、学童の先生に子供の荷物の管理まで要求するのは、特別扱いだ。

求めすぎだ。



そして、息子が物を無くすと自分の事のように発狂してしまう私は、


「自分も息子も、物を無くしたり忘れたりしないのが当たり前」


という理想がある。


私も物を忘れたり、無くす事がある。


その度に

「ちゃんと管理出来ない私は、本当に駄目だな。」

と落ち込んで自己嫌悪していた。


息子に対しても同じように、責めて嫌悪してきた。


私も息子も物を無くす。忘れる。

うっかりミスは当たり前にする。


それを認める事。

許すこと。

肩の力を抜くこと。


物を無くしても、必死で探さなくて良い。

見つからなくても良い。



息子のものは、息子に任せるんだ。

自分が無くしたように、私が必死で探していたのも、息子の人生を自分の物だと思っているから、かもしれない。


だから、息子に探してもらう。


「自分で無くしたら、自分で探すんだよ。」


自分の責任で行動してもらう。


何でも、自分で体験してもらうんだ。


私が代わりに何でもやってしまうのは、息子の自己効力感を奪う事だ


息子の人生は息子のものだ。


困難事に口出しせず、息子自身で取り組んでみる事が必要なんだな、と思った。


私が代わりにやらない。

出しゃばらない。


自分の人生に責任を持つ。

>これらは、全く無駄な思考です。

そのことに「はっ」とするくらい気づいて肚落ちさせてほしいです。

はい。頂いたコメントを読んで解ったつもりになるのではなく、今後の日常生活で、「今、無駄な思考をしているな。」
と、自分で気付いていくように心掛けます。