花冠の件で気付いた事。


「自分のためにやりたい」と望んでいる事を、「娘の為にやってあげてる」と嘘をついて取り組む

自己犠牲していると感じる

苦しくなる


「誰かの為にやってあげている」という偽善で、自分の選択を他者の責任に転嫁する。


自分を喜ばす為ではなく、他人を喜ばす事を目的にする。


捻じ曲げる。


だから、他人が喜んでくれなかったら、怒りが湧いてくる。


そもそも、自分がやりたくてやった事なのに。

自己満で構わないのに、「あなたの為だよ」と押し付けるから、おかしくなる。


「私がやりたいから、やった」

それを認める

誰かのせいにしない

自分の選択の責任は自分が負う

自己犠牲をやめる

自由になる

娘と図書館に行き、向かいの公園で遊ぶ。


道端に咲いている小さな黄色い花。

娘と一緒に手持ちの植物辞典で調べると、キュウリグサという名前らしい。


揉むとキュウリの匂いがするんだ。

面白いなぁ。


公園は保育園のお散歩コースで、保育士さんのもとで子ども達が遊んでいる。


…保育士さん、大変だなぁ。

そう思ってふと、

「私は保育士もバカにしているのか。」

と思い至る。


給料も低い、待遇も悪いと聞く。


福祉と同じで肉体労働な上、拘束時間も長い。


そういえば、昔知り合った福祉の仕事していた女性の事も、私は見下していた。

今思うと、だけど、当時の私はナチュラルにバカにしていた。


話し方も流暢でない、知識も偏ってる。

見た目も気を配っていない。


仕事でも資格を取らず、上昇志向ではない。


そんな彼女を私は見下していた。


彼女は朴訥としていたが、とても純粋で大らかだった。


ジャニーズが好きらしく、その魅力を語ってくれた。


…私は笑顔で彼女を見下しつつも、彼女には勝てない気がしていた。


私は鎧で自分を守っている代わりに、彼女のように無防備に人を信用出来ない。


彼女のように人の評価を恐れず、好きな物を好きと、屈託なく笑顔で話すことが出来ない。


…住んでいる世界が違う。そう思った。


私が見下しているものは、私が喉から手が出るほど欲しい物なのかもしれない。


否定しながら欲しがっているのか。