昨日は息子が学童から帰宅して、
「ママ、帰り道で近くの公園に寄ったら、藤の花が綺麗だったよ!」
と、学校のタブレットで撮影した藤の花を見せてくれた。
息子は得意気に、
「藤の花は食べると毒があるから、揚げ物にしたら毒が消えるんだよ」
などど教えてくれた。
そして私が夕飯の準備を始めると、
「ねぇ、公園に行って来て良い?」
と聞いてきた。
こんな事初めてだったので、私は驚いた。
息子が入学したての頃、私は帰宅した息子を毎日公園に連れ出していた。
「ほら、同じ学校のお友達も野球しているから一緒にやっておいでよ。」
引っ越してきたばかりで友達作りにもなるし、身体を動かして強くなって欲しい。
そう思っての行動だが、私の自己満だった。
息子は球技が得意ではない。
団体競技のルールが理解できない。
一人で遊ぶ方が好きだ。
そんな息子の特性を無視して連れ出していたので、息子は当然みんなと野球など出来ない。
私はそんな息子を見て、イライラしていた。
「なんでみんなと仲良く遊べないの?」
当時の私は自分の理想を息子に押し付けていたから、息子からしたら良い迷惑だっただろう。
それから学校帰りに公園には行かなくなり、夕飯まで家で過ごすようになった。
だから昨日、息子が
「公園行って良い?」
と聞いてきた事は新鮮な驚きだった。
私「あ、うん。良いよ。夕飯までに帰っておいで」
娘「私も行く!」
2人で連れ立って公園で行くのを見送る。
…子供って環境によって変わるんだな。
娘は綺麗な花を摘んで帰ってきてくれたし、息子は肘を擦りむいても
「こんなの平気だよ」
と言ってるし。
(昔から息子は泣き虫で、ちょっとした擦り傷でも泣いていた)
子供達が文字通り自分の足で行動出来るようになったのが、嬉しいな。
かよさん、ブログに私のことを取り上げてくださり、ありがとうございます。
コメントもいくつか頂いていますが、まずはブログを読んで感じたことを書きたいと思います。
>部屋が汚くて、頭がとっちらかってるのを整理したいなんて無理なんですよ。
⇩
私は今までずっと、汚い部屋でごちゃごちゃの物に囲まれて過ごしていました。
それが当たり前でした。
朝起きた時、食事の時、寝る時、いつも視界にはごちゃごちゃした机の上や、散乱するおもちゃ等…
私のストレスの原因になっていたことは間違いないのに、気付かなかった。
自分のキャパ不足で物が溢れているのに、それすら気付かなかった。
もっともっと…と、子供達に買い与えていました。
なぜか?
⇩
その場しのぎの子育てをしていたから。
与えたら、その時は子供達は喜んでくれる。
私の自己肯定感が上がったような気になる。
でも、それは錯覚。上っ面だけの評価。
自己満で買い与えて、使ってもらえなくて子供達に怒る。
片付けていない子ども達を叱責する。
全部、自分が原因なのに、子供達のせいにして勝手に怒っていた。
でもセッションのお陰で、そんな自分に気付いて、向き合うことが出来ました。
セッションを継続して、本当に良かったです。
そして、行動した自分を、沢山褒めてあげたいです。
片付けは、今までの自分と向き合う作業でした。
そして、自分を認めて許す→これからの自分を満たしてあげる、そんな愛に満ちた作業でした。
自分を偽る事が、ずっと苦痛でした。
でも、やめられなかった。
でも片付けをしていて、そんな自分が浄化されるようでした。
「今までの私が苦しんできたのなら、それも全部ひっくるめて、受け入れよう。そしてこれからの自分が愛で満たされるように、丸ごと祝福しよう。」
>旦那さんも、妻の様子の変化に気付いて真摯に向き合ってくれているのがよくわかります。
⇩
最近の夫が私に向き合ってくれているのを、感じます。
それは私が変わったから。
私は今まで、夫のことを見下していました。
夫の言動を一つ一つジャッジして、心の中で批判していました。
子供達への言葉が冷たく感じたり、突き放すように感じて、拒否反応を起こしていました。
それは夫にも伝わっていたと思います。
だから上っ面だけの会話で、コミュニケーションが断絶していた。
でも最近は、夫と交わした言葉の数は少なくても、心が通じ合っているような安心感を感じています。
私が心を開いて夫に伝えようとしているから。
夫をすごいと思わず、一人の人間として見ているから。
私も一人の人間として、夫と張り合うことなく、向き合っている。
勝ち負けの世界を抜け出した気がします。
「構うのやめときなよ。」
と言われた時も、以前の私だったら
「何よ!他人事だと思って。冷たい。」
と、反発していたと思います。
今なら分かる。
私が過干渉だったこと。
夫は違う視点で物事を観ていたこと。
子育てで、初めて夫を見習いたいと思った。
ずっと夫を見下していたんだな…
それがデフォルトだったから、気付かなかった。
夫には見え透いていただろう。
私は傲慢だった。
自分のやり方が正しいと信じて疑わなかった。
傲慢で女王様だった私の心持ちが滲み出ていたから、夫への態度にも表れていた。
それが夫の傲慢さを引き出し、お互いが「自分スゴイ」と虚勢を張り、弱さを否定する仮面をつけていたのか…と、今更ながら思う。
仮面を外すと負ける気がしていた。
価値がなくなる気がしていた。
でも思い切って仮面を外してみると、誰も私の価値を値踏みしていなかった。
自分の価値を値踏みしていたのは私自身だった。
