ビシュコフ・チャイコフスキー |  ヒマジンノ国

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昨日はセミヨン・ビシュコフ率いる、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団を鑑賞。元々聴く予定は無かったのですが、思いの外仕事が早く終わり、ネットを見ると残席があります。迷ったのですが、11月はコンサートを1つも取れなかったせいもあり、聴きに行くことにしました。10月は色々予算オーバーです。

 

正直、ビシュコフならショスタコーヴィチを聴きたいと思っていましたが、22日は仕事でした。

 

昨日の曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲と、チャイコフスキーの交響曲5番。

 

前半のドヴォルザークは、しかし、久しぶりの海外オケで中々耳が慣れませんでした。本来この曲の曲調は、もっと泥臭い曲だったような気がしたんですが、この日のチェコ・フィルは、随分滑らかな解釈だったように思えます。お国モノだし、もっと雰囲気が出るのかなと期待していましたが、それほどでもありませんでした。


自分は生でチェコ・フィルを聴くのは、コレが初めてです。録音だとノイマン辺りを良く聴いていたんですが、あの頃にあった、チェコ・フィルの土の香りみたいな感じは後退してるんですね。ビシュコフのせいでしょうか。

 

自分は、普段日本のオケばかり聴いているせいか、その違いに自然と耳が行きます。日本のオケは(全てではないですが)音の頭出しとか、音の高音部に意識があり、そのせいで曲の形がはっきりすることが多いと思います。しかし、昨晩聴いたチェコ・フィルは音のボディそのものに意識があり、いくらか響きがかすんで聴こえます。

 

そこに、華やかでない、少し土臭いような響きが加わって、独特な音になっていました。演奏も日本のオーケストラような妙な緊張感が薄く、「おおらか」といって良い様な演奏でした。アンサンブルも少し緩めのような感じです。

 

チェロ協奏曲の独奏者は若い女性の、アナスタシア・コベキナ。このドヴォルザークの協奏曲の解釈は、やはり彼女のものなんでしょうか。滑らかで流れが良すぎるきらいがあり、情熱的に弾いているようでしたが、滑らかすぎて伝わりにくい感じに見えました。アンコールでやった、タンバリン伴奏の民族的な小曲のほうが、彼女のチェロのコブシの入った節回しが聴けて、面白いように思えました。

 

前半はコベキナのトークなんかがあって、アットホームな感じで終わりました。楽しげな雰囲気はありましたかね。どうも彼女の父親が本国では有名な作曲家らしく、その話を彼女自身がしていました。アンコールはその父が作った曲のようです。

 

 

↑、アナスタシア・コベキナ。休憩中、比較的若い男性2人組がコベキアが綺麗だといって話をしているのが印象的でした。ソニーと契約中らしいです。

 

後半はチャイコフスキーの交響曲5番。

 

出だしは、先のドヴォルザークのような、おおらかな出だしで、テンポは遅すぎるという感じでもないのですが、野暮ったくて、眠くなるかもと感じました。しかし、徐々に迫力を増し、だんだん面白くなっていきました。

 

自分は前日の仕事せいで、少し頭がぼやけていたんですが、やっとこの曲の第2楽章になって耳が慣れてきました(遅すぎですが)。先も書いた「おおらか」な雰囲気というのは、アンサンブルに緻密さを欠くものの、奏者たちはのびのびと弾き出しますので、音が放射状に広がり、ホールを満たします。その音量の大きさなど、日本のオケだと中々こうはいかないですね。

 

第2楽章から弦の音色の広がりに魅力を感じ始めました。やや野暮ったいテンポのせいで、音が広がりをみせる時間も長く、官能的な雰囲気も出ます。こうなってくるとあのテンポの設定も分かるかな、という感じです。チェコ・フィルを聴いているな、と思った瞬間ですね。

 

第3楽章のワルツを経て、第4楽章が1番面白かったです。

 

あの解釈をチャイコフスキーだといって良いのかは分かりませんが、オーケストラは厚みを増し、綺麗ごとでない迫力を見せました。野人のような感じというのか。洗練はされてないですが、音の広がりなんかは聴き応えあるな、と思います。せっかく聴きに来た自分にはこういった迫力あるシーンを楽しみにはしていたので、チェコ・フィル特有の味わいある響きが、壮大に鳴る場面を聴けて満足です。


演奏後のビシュコフはかなり疲れていた印象です。

 

チェコ・フィルを聴いて改めて思うのは、良い悪いは別として、日本のオーケストラは、先日聴いたヴァイグレなんかもそうですが、緻密ですが小型だなということでしょうかね。

 

カーテンコールの写真は禁止されていて撮れませんでした。