プロコフィエフのVコン |  ヒマジンノ国

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ML4533。
 
 
このLPもまた、前回のリパッティ同様、詳しい方からいただいたものです。

 

ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973は個人的に好きなヴァイオリニストで、いくつかCDで保有しています。しかし今回、プロコフィエフは初めて聴きました。

 

 

↑、ヨーゼフ・シゲティ。クライスラー、ハイフェッツと並ぶ20世紀の巨匠です。技術的に達者な演奏家、というよりも、内容で聴かせる、「音楽家」だった、という評論は良く読みます。彼の演奏スタイルは、テンペラメントによるよりも、味わい深い演奏による、というべきでしょうか?

 

プロコフィエフ(1891-1953)はショスタコービッチと並ぶ、ソヴィエトを代表する作曲家です。前衛的な手法を好み、アヴァンギャルドな印象があります。彼は2曲のヴァイオリン協奏曲を作曲しており、これは1番の方ですね。

 

名曲ですが、この曲が世界的に知られるようになったのは1924年にこのシゲティが、プラハの国際現代音楽祭で弾いたからだといわれており、シゲティ自身は、作曲家からお墨付きをもらっています。これは1935年に録音されたものです(世界初録音。後にステレオ録音していますが、自分は当然未聴です)。

 

シゲティはヴァイオリニストとしては技術が劣るとされますが、彼独特の厳しい弾き方は、彼を20世紀を代表するヴァイオリニストとしています。彼は曲想にへばりつくように弾き、そこから独特の深い味わいを引き出します。特に晩年の演奏がそうでした(純銀の糸を張りつめたような音色、といわれた)。

 

このプロコフィエフは彼が若いころの演奏ですが、厳しさは出ており、曲調を詰めていくような深みが出ていると思います。

 

 

↑、懐かしいメロディで始まる曲の冒頭シーン。レコードに傷があって、周期的に大きなノイズが入っています(;^ω^)。古いレコードなので、すいません。曲、演奏共に、古き良き時代の雰囲気があります。

 

前衛的とはいいながら、プロコフィエフには懐かしい郷愁的な気持ちがあり、その雰囲気と、不協和音を含む大胆な和声を組みし、だれ過ぎない爽やかな曲に仕上げていると思います。

 

 

プロコフィエフのヴァイオリン・コンチェルトはリサ・バティアシュヴィリ(1979-)のものが好きでたまに聴きます(以前少し書きました)。彼女の録音した、「ヴィジョンズ・オブ・プロコフィエフ」(2015・2017)とショスタコービッチを収めた、「時の谺」(2011)と題されるアルバムは出来が良く、素晴らしいと思います。個人的にはヒラリー・ハーンよりも好みのヴァイオリニストです。CDでしか出ていませんが、線は細いものの、ヴァイオリンの音色も立体的に撮れているように思います。

 

最近の演奏家の特性からすると、ロマン派の作品よりはショスタコービッチ、プロコフィエフのようなリアルな表現の作品や、現代音楽ようなものの方が、合うのかもしれません。ロマン派の作品は感情表現ができないと退屈します。バティアシュヴィリもチャイコフスキー、シベリウス、ブラームスなどを聴きましたが、平均的な出来栄えでした。正確な演奏で、響きに磨きがかけてあり、非常に美しいですが、感情表現が薄く、自分は感情移入しづらいです。

 

正確な演奏と、感傷的にならない最近の演奏家は、ロマン派に向かないケースが多いように思います。

 

 

↑、ジョージア(旧グルジア)出身のヴァイオリニストです。現代音楽などを得意としています。

 
 
 
↑、プロコフィエフのヴァイオリン・コンチェルト1番、曲の終わりの部分です。第1楽章と、フィナーレのコーダに、透明感ある美しい部分があります。これはその後者です。全体で見るとシゲティのような深みはありませんが、コーダの持つ透明感は、バティアシュヴィリのような現代のヴァイオリニストで聴くと、ひときわ美しいように思います。この辺は無理に感情移入して演奏するよりも、爽やかに流したほうが好きです。
 
淡い幻想的な管弦楽の中を、まるで小鳥がさえずるように、美しいヴァイオリンのソロが歌っていきます。神秘的な音楽です。コンチェルトは2番も録音されており、そちらも名演だと思います。