E・クライバーによる、R・シュトラウス「薔薇の騎士」(1954)。英国盤LXT2954-LXT2957。
モノラル時代、名盤といわれたデッカのレコード。元々CDで所有していた音源ですが、理解できなかったのでレコードで聴きたいと思っていたものです。ボックス入りで、随分凝った装丁です。内包袋には主要キャストである、マリア・ライニング、セーナ・ユリナッチ、ヒルデ・ギューデンが、カラーの美しい挿絵で描かれています。
↑)マリア・ライニング
↑)セーナ・ユリナッチ
↑)ヒルデ・ギューデン
E・クライバーは肩の力の抜けた指揮で、粋な演奏だといえます。彼はこれ見よがしに聴かせる指揮者ではありません。そのE・クライバーがR・シュトラウスの「薔薇の騎士」と、その前身ともいえる、モーツアルトの「フィガロの結婚」に歴史的名盤を残していることが興味深いところです。
彼は一見何もしていない軽い指揮をしているように見えて、実は細かい動きを表現していることが多く、不思議とそこから繊細な官能性を導き出していることが多いと思います。フィガロと薔薇に名盤を残している理由はそんなところにあるのでは・・・?
現代ではカラヤン盤などありますので、この演奏も中々ファーストチョイスにはならないかもしれないですが、クレメンス・クラウスの「こうもり」同様、古い時代のドイツの雰囲気と、洒脱な魅力を湛えている部分が聴きどころの一つでしょう。
歌手ではゾフィー役のヒルデ・ギューデンがおしゃまな雰囲気を出していて面白いです。
瀟洒な魅力に溢れた演奏だと思います。
カラヤンの旧盤(1956、ステレオ)がこの曲の理想的な演奏ともいえるものかと思います。感情ものっており、昼下がりの午後を思わせる感情、あるいは黄昏なのか、爽やかな朝の雰囲気なのか分からないような、曰くいいがたい、不思議な雰囲気なども良く出ています。
それに比べるとウィーン・フィルを使った新盤(1982-1984)は音響面におけるR・シュトラウスの可能性を追求した録音で、感情を完全に殺して、静謐な雰囲気を醸し出しています。
モーツアルトとR・シュトラウスは貴族的(シュトラウスの音楽は現代でいえば、セレブリティーのもの、というような雰囲気がある)ですが、モーツアルトは天真爛漫で、人間的感情に満ちています。それに比べると、R・シュトラウスは人工的ともいえる美感で、大人びています。
カラヤンの新盤はそのR・シュトラウスの音楽の持っている貴族的な部分を徹底的に詰めており、ウィーン・フィルの持っているコクのある美しい響きを駆使しながら、音楽的な演奏を繰り広げています。
歌い手の雰囲気も傷一つなく、まるでマネキンのようですけども。それでも成立するのがR・シュトラウスの音楽です。
ラストの三重唱の巨大な響きなど、聴いていてただただ驚くようなスケールと美しさに圧倒されるのみです。
E・クライバーによるベートーヴェン「英雄」(1952)。ドイツ盤LXT2546。
彼の演奏した「田園」の時のようにせかせかせず、もっと堂々としていて、名演だと思いました。こういう演奏もできるのだということでしょう。









