オットー・クレンペラー |  ヒマジンノ国

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ドイツの、オットー・クレンペラー(1885-1973)という指揮者が好きで、CDで良く聴いていました。

 

 

第二次世界大戦でユダヤ人であった彼はナチから逃れ、アメリカに住んでいましたが、馴染めず1954年、ヨーロッパに戻ってきます。しかし彼は世間からほとんど忘れ去られており、指揮者として再起をかけた帰郷となっていました。

 

彼を救ったのはEMIの大プロデューサーだったウォルター・レッグです。1951年に聴いた「ジュピター」交響曲の終楽章が忘れられなかったといいます。1954年にフルトヴェングラーが死に、トスカニーニは引退します。1945年にレッグが録音用に用意したフィルハーモニア管弦楽団を鍛えていたカラヤンが、1955年にベルリン・フィルの音楽監督に就任すると、レッグとオーケストラに認められた彼は、このフィルハーモニアの監督に就任することとなりました。

 

商業用のステレオ録音が始まった頃、彼はフィルハーモニア管弦楽団を使って、コロンビアとの録音を開始しました。19世紀生まれの指揮者として、フルトヴェングラーとトスカニーニという、20世紀前半の「王」達が退いていく中、ブルーノ・ワルター同様、時代の節目を乗り越えたのです。

 

 

↑)モーツアルトの交響曲41番「ジュピター」と29番(1954)。33CX1257。クレンペラーとコロンビアとの録音第1弾です。ジュピターから録音が始まっています。晩年に比べると、ややあっさりとしていると思います。

 

 

↑)ベートーヴェンのエロイカ(1955)。33CX1346。コロンビア(EMI)はこの頃まだステレオ録音に懐疑的で、デッカに先陣を許してしまいます。しかしクレンペラー特有の重厚な響きは健在です。

 

クレンペラーは極度の躁鬱性障害の持ち主で、奇行も多かったといいます。頑固でいい出したら聞かない性格だったようです。若いころはそれが自分でコントロールできなかったようですが、彼は数々の試練に耐え、生き延びて行きました。

 

1932年指揮台から落下し、頭部に脳腫瘍を作ってしまい、1940年に手術を受けますが、半身不随になります。1952年にモントリオール空港で大腿骨を骨折、指揮を椅子に座ってしなければならならなくなります。

 

ユダヤ人としてナチスから追われますが、古くは左翼支持者でチェコなどの共産国での活動歴のあるクレンペラーは、アメリカでは危険人物とも思われていました。

 

しかし数々の試練を乗り越えて行く彼の内面には明らかに「偉大なる人格」が作り上げられていき、右手は不自由、言語も不明瞭なのにもかかわらずオーケストラは何か強靭なものに圧倒されて引き込まれていったようです

 

晩年の椅子に座って指揮する彼の姿は、本物の「王」を思わせます。

 

 

LPで彼のステレオ録音を集めたいと思っているんですが、あまり出回ってないので、中々大変です。LPの方がCDより生な雰囲気があるので、できうれば初期盤かオリジナルなものが欲しいですね

 

 

ブラームスの「ドイツ・レクイエム(1961)。本来ステレオで録音された物なんですが自分の所有している物は残念ながらモノラル。33CX1781、33CX1782。音は良いですね。重厚な味わいで深い音です。演奏も抜群でしょう。地から湧き上がるような歌があります。

 

 

シューマンとメンデルスゾーンの4番を集めた1枚(1960)。ステレオです。SMC91 274。オリジナルではないです巨人の足取りを思わせるような大きなスケールがあります

 

 

ブルックナーの「ロマンティック」(1963)。オリジナル?かもと思っています。割と出回っているLPでしょうか。SAX2569。ちょっと推進力にかける気もしますが緻密で重厚な響きが嬉しいです。

 

 

ドヴォルザークの「新世界」(1963)。買ったときに「オリジナル」と銘打ってあったから、オリジナル盤と信じています。SAX2554。CDで良く聴いていた音源です。ロマンティックな感情を排した、分析的でクールな演奏です。理性と情熱がせめぎ合い、迫力と曲の構造的な魅力が迫ってきます。大きな何かに支えられた、演奏です。

 

クレンペラーの指揮姿が映像で残っていますが、不自由な体で指揮する姿は、見ているだけで、自分は泣けてきそうになりますフルトヴェングラーの指揮姿もそうですが、視覚的に、見ているだけで伝わってくるものがありますね。

 

本当に、あらゆる不幸をものともせずに乗り越えていく姿は、尊敬に値するものです。本物の大指揮者の1人だと思います。