ロリン・マゼール(1930-2014)による「展覧会の絵」(1963)。デッカの開発したフェイズ4によるLP。1974年の日本製。
ステレオサウンドが開発されて、スピーカーのLR,両翼の音の違いが明らかになりました。録音チャンネルも時代が進むにつれ、2チャンネルから、3チャンネルになり、ついに4チャンネルになったのがこのフェイズ4サウンドです。
チャンネル数が増えるにつれ、各楽器の音色の明瞭度と分離感が高まります。そして歌い手が歌いながら移動する様子も、録音を聴いて分かるようになりました。
初めて聴いた時、この録音の良さには本当にびっくりしました。(゚Д゚)ノ!!ソロ楽器の明瞭度の高さ!音の隈取りの鮮やかさ!強音部のシャープな迫力!立体的で、明瞭な音響!!
CD世代の自分には驚きのサウンドです!
多分、実演はこんな風に聴こえないでしょう。人工的な音響効果かもしれませんが、今自分の保有している管弦楽の録音では、これが1番音が良いと思います。
ひと昔のアメリカは、機能的なトスカニーニ流のオーケストラ美学を受け継いだかのように、ハンガリー系の指揮者達が活躍しました。フリッツ・ライナー、ジョージ・セル、ゲオルク・ショルティ、ユージン・オーマンディ、アンタル・ドラティ。ロリン・マゼールは厳密にはアメリカ人かもしれませんが、彼もハンガリーの血が混じっています。
でも・・・本来なら・・・自分は彼らのことに興味がありません。
現実的で、オケを鳴らす手腕は評価できますが、彼らの演奏には、情緒ってものがないですね。セルは冷酷、ショルティはガサツ、オーマンディも繊細さを欠く。マゼールも割と血が通ってない(あくまで個人的な見解です)m(__)m。
しかし、LPでショルティとか、このマゼールを聴くとその音作りのシャープさが当時の最新の録音技術といかにマッチしていたかを認識させられて、舌を巻いています。CDで聴くと音が固くて、より彼らの冷酷さ(゚Д゚)ノ!!が目立ちますが、LPで聴くと、音は柔らかくなり、臨場感が増して、彼らの音作りも鋭さが心地良く思えてきます。狙いは・・・こういうことか・・・と。
ストコフスキーのワーグナーをフェイズ4で持っていますが、マゼールの録音の方が良く聴こえます。それは多分彼のシャープな音作りが、録音の明瞭さに寄与しているからでしょう。
マゼールはCDでマーラーを聴いてきたぐらいでしたが、LPでもっと聴きたいと思い始めています。ハンガリー系の指揮者のLPが割と高値で取引されているのが分かった瞬間でした。多分自分ももう少し買います。(+_+)
デッカの録音技術も素晴らしさもあるんでしょうけども、苦手だったこの手の指揮者も今後は視野に入れたいですね。
純粋に音を聴く楽しみがあると思いました。
オランダ人指揮者、エドゥアルド・フリプセ(1896-1973)によるマーラー交響曲8番「千人の交響曲」(1954)。マーラーの8番は1950年にストコフスキーが(多分、世界初録音)、1951年にヘルマン・シェルヘンが入れていますね。
フリプセはその後の録音になります。3番目の録音かどうかは不明です。英国盤、ABL3024、3025のマトリックス番号が振ってありますが同時にA00226Lという、オランダ初出時の番号も振ってあります。アメリカではEPICから、オランダとイギリスでは1954年にフィリップスから発売されたものと想像されます。エドゥアルド・フリプセという指揮者もほぼ無名、多分オランダのローカルな指揮者でロッテルダム・フィルのオーケストラ・ビルダーだったようです。
久しぶりにマーラーの8番を聴きます。
名曲で傑作であることに疑いはありませんが、個人的には聴くのにしんどい音楽です。モニュメンタルな作品をマーラーは目指したのでしょうが、陰気な感じがしてしょうがないです。確かに第1部は宇宙全体が鳴り響くような、輝かしいまでの音の洪水が、巨大な合唱となって聴き手を圧倒します(1000人のオーケストラですから!実際はコーラスが多いだけですが・・・)。この巨大な演奏効果に比肩しうるか、または凌駕できるのは、ベルリオーズのレクイエム、そのラクリモーサだけでしょう(コーラス以外のオーケストラの規模はベルリオーズの方が上です!本当にクレイジーなのはベルリオーズの方でしょう!)。
第2部はゲーテのファウストから終わりの部分に音楽をつけていますが、あの晩年のマーラー現世に対する執着と、ゲーテの書いたこの戯曲とには明らかな齟齬がありますね。音楽としては充分なので、問題ないかもしれないですが、この第2部がどうしても暗い感じがするので、今まで沢山聴いてきませんでした。
バーンスタインが2度録音していて、1度目(CBS、1966)のチクルスでは張り切った、若々しい演奏で、第1部では音響をぎりぎりまで張りつめて演奏しています。深みには欠けますが迫力は満点です。2度目(DG、1975)のチクルスでは、バーンスタインは8番と「大地の歌」を録音せず他界してしまったので、映像用のソフトから流用した録音が使われています。最晩年の自己没入するスタイルと、壮年期の上滑りするほどの情熱的演奏との、中間に位置する演奏で、中庸を得ています。しかし、最晩年の自己没入型の演奏を8番でも聴いてみたかった、と思うのがファンの心情な気もします。
アバドがファッショナブルで、柔軟な演奏をしていますね(DG、1994)。第一次世界大戦前のヨーロッパにあった、ユーゲント・シュティール(アール・ヌーボー)には一種の広告主義(表現主義というべきですか)があったように思いますが、アバドの演奏はこれによく合うんですね。
雰囲気は違いますが、ブーレーズも美演で、緻密、輝かしい演奏です(DG、2007)。こちらも表現主義の雰囲気があって好きです。楽しく聴くなら、アバドかブレーズかと思っています。
クラウス・テンシュテットは感情よりも、オケから出てくる響きを優先して曲を構成するので、非常に魁偉なフォルムになります。強いていえばクレンペラーのマーラーとよく似ています。しかし、テンシュテットの方がずっと現代的でシャープです。8番も落ち着いて、冷静な演奏で、魁偉ですが、音をきっちりと揃えて美しく、聴きごたえがあります(ワーナー、旧EMI、1986)。まあまあですが、テンシュテットはライヴの人なので、5、6、7番のライヴ演奏を知っている人にはいささか物足りない感じもするはず。これはこれで名演でしょうけどね(8番のライヴ盤も存在するそうです。自分は聴いとりません(+_+))。
他はクーベリックとか、ジンマンとか、マゼールとか・・・。
聴きはしましたが、あんまり記憶にないです。名盤は各自にあるでしょうから、この辺で止めます。あんまり気にしたってしょうがないですね。(*^^*)
しかし、CDで聴く演奏は皆、緻密なアンサンブルと高い録音技術によって支えられていて、比較すると、フルプセの演奏の古臭さはいかばかりか、という感じがしますね。これをCDで聴くと多分自分は耐えらないと思います(聴いてませんが、CD化もされています)。
でもLPで聴く限り、この演奏は味わい深くて、上述のどの演奏よりも、好きになりました。確かにコーラスはもやもやしますし、当時の良好な録音に比べると、音も少し落ちるとは思います。マーラーの演奏で録音効果が弱いのは問題がありますからね。管弦楽の妙味が聴き取れないと、マーラーを聴く面白さも半減とまではいきませんが、幾分削がれます。
ただLP特有の音の広がりがあり、ふくよかさがあるので、聴いているとかなり美しく思えてくるのも事実です。
演奏は丁寧で、奥行きのあるものです。愛情があって、第2部も心地良く聴けました。また第1部のラストのグロリアは感情を入れて決めてくれているので、良いと思います。久しぶりにマーラーを良いな、と思って聴きました。
まあ、現代の聴き手には面白みのない演奏かもしれませんけどね。個人的な楽しみということでいえば、結構な名演だと思いました。
(゚Д゚)ノ!!ですよね、フリプセさん!




