ヨハネス・ブラームス3 |  ヒマジンノ国

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ブラームス、ピアノ協奏曲1番。ベルナルド・ハイティンク指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。ピアノ、クラウディオ・アラウ(1969)。

 

愛聴しているディスク。瑞々しさが感じられる。ハイティンク、アラウ共々新鮮で魅力的な表現だと思う。

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<ピアノ協奏曲1番>

 
ブラームスが初めて完成させた大曲で、24歳の時に書かれた。若い時代の作品だけに、後年のブラームスとは違い、入念さが少し足りないと思われる。それ故、ブラームスの円熟した作品を好む人には好まれないかもしれない。
 
しかし個人的にはこの曲はブラームスの作品の中で好きなものの1つである。すでにブラームスらしいピアノの饒舌さは垣間見られはするが、その内容は本質的に伝統的なピアノ協奏曲であり、彼には珍しい爽やかさも見られる。特に第2楽章は美しく、雨上がりの、湿った草原に清涼な空気が漂っているような雰囲気が、我々の心を癒してくれる。
 
<交響曲について>
 
ブラームスの書いた曲は全部で4つである。その中でも交響曲1番は成立までに長い時間を要したことで知られている。
 
歴史的に交響曲の存在がクローズアップされ、作曲家としての最も重要な主張を盛り込むべきジャンルとして認識されるようになったのは、やはりベートーヴェンの存在が大きい。
 
ベートーヴェンは、交響曲としての音楽世界が、1個の自立した小宇宙であり、理性ある大人でさえも一聴しうるに足る作品群として、一般大衆に提示してきた。
 
さらに彼は作品の中に沸騰する感情と、尊大な自尊心を盛り込み、これが聴き手を感情を満たすことになる。このことはこの作曲家の成長過程で起こった、自己克服のための自発的な感情と観念の流露であり、必然的に必要とされたものとしてみることができる。こうして出来上がった作品は、彼以前の作品とは1時代を画したものとして存在するようになる。
 
しかし、翻ってみればこの作曲家における尊大な自尊心は、後の作曲家の傲慢心を刺激し、聴き手、あるいは作り手に必要以上の帰依と礼拝を求めていく結果となったといえる。そしてブラームスを困らせたのもこの点だといって良いだろう。
 
ブラームスは歴史上その名声を確たるものにした交響曲の作曲を人生の後半に行った。その数はたった4曲しかない。これは当時の作曲家の書いた交響曲の数の平均の半分ほどに過ぎない。しかしこの4曲が彼の名声を決定的にしたのである。それは音楽そのものの存在を尊重した作品たちである。
 
その作品たちを簡単に駆け足で見てみたい。