エマニュエル・トッドは日本についてこう述べています。
<ヨーロッパから見て、日本のイメージは悪くありません。「伝統」と「モダン」が絶妙にブレンドされた、洗練された国というイメージです。ただ、「第二次世界大戦時の軍国日本の横暴」という中国のプロパガンダは無視できない影響力を持っています。「サムライと特攻隊の国」という強烈な印象も残っています。さらに日本人自身が自分達の国が危険な国であると必要以上に思い込んでいるようです。
しかし、安全保障は、過去の歴史とは区別してプラグマティックに考えるべきです。確かに明治以降、欧米を模倣して日本も軍事大国化しましたが、日本の長い歴史から見れば例外的な一時期です。むしろ総体として平和の歴史でした。とくに江戸時代には、250年もの間、戦争せずに文化と経済を飛躍的に発展させたのです。世界的にも稀なことです。半ば冗談ですが、日本はそうした平和な歴史をアピールしながら、アメリカを助けるために一隻か二隻、空母を作るべきです(笑)。>(エマニュエル・トッド著「ドイツ帝国」が世界を崩壊させる、から)
個人的に憲法改正は構わないと思っていますが、その内容ですね。軍事力をある程度増していくのは良いとも考えています。しかし、その軍事力で守るものは何か。当然、国民やその財産というものもありますが、「実際の物」以外に何かしらの「思想的な理念」がないといけないと思います。戦後のスローガンだった「軽武装・経済第一」ももう守るべきものではないのでしょうから、新たなものがいると思います。エマニュエル・トッドのいうように、「軍事力」をある程度高めながらも「平和」についてのアピールは可能でしょう。その際、アメリカの影響力は我々の理念に合わせて、押さえていく必要があるはずです。
<小林 ・・・(中略)・・・ しかし、アメリカがはじめた戦争でまともに終わった戦争はない。ヴェトナムもアフガニスタンも、結局は動乱が拡大した。アメリカがかった戦争はないのです。
それなのに、むやみに戦争をしたがるアメリカに日本がついていったら、新しい敵をつくるし、人も殺さなくてはならないし、国内ではテロによる報復を恐れなくてはならない。しかも軍事費がかさんだ挙句、アメリカのように国家が破産寸前の状態に追い込まれる。なにもいいことはないですよ。だからこの路線は取れません。
かといって、日本が今さら完全に独立した軍隊をもって、米軍の力は一切借りませんというのも、現実的でないと思います。
これまで、アメリカの二軍になるのを防いできた9条の条文を明確化して、距離を取りつつ、日本を守るというのが私の考えです。>(樋口陽、小林節著「憲法改正」の真実、から)
今の敵愾心むき出しの極右や極左のような考え方では、物事の程度の調節ができず、糞も味噌も同じに扱ってしまうことになります。日本が第二次世界大戦に負けた後、確かに占領軍から彼らに「連合軍の正義」を押し付けられて、我々がこの時代の在り方を顧みる可能性を著しく潰されたのは事実のように思います。それを自虐史観というのは分かります。しかし、改めてこの時代のことを確かめてみて、我々がすべて正しかったというのはおかしいでしょう。
今の時代もう一度日本人がこの時代の日本の歴史を自分達の眼で見ることは有意義だと思います。結局ケース・バイ・ケースで見ていかなければ、難しいことばかりですし、やはり全体として戦中のことを見る限り、反省事項の方が多いと思います。
