雪が降りました。東京でも雪が積もり、朝から凍えるようです。寒い日は家でじっとしているのがようさそう・・・。
最近、家にいるときの僕のはまりものは音楽ばかりになってきてます。本なんかも読みたいんですが、時間がないようで・・・。音楽なら他の事をしながら、楽しめるので、どうしても音楽ばっかりになります。
その音楽の楽しみでは特に最近聴いているもの・・・といえば、ケイティー・ペリーとクラウディオ・アバドのシンフォニー・ボックスです。クラウディオ・アバドのボックスは、アバドの死後、もうちょっと真剣にに向き合ってみようと思って買ってきました。また他人のブログをいくつか読んだのも影響してます。
そして後もう一つ、近頃聴いているのが、スペインの作曲家、トマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548?-1611)です。ビクトリアはクラウディオ・モンテヴェルディよりさらに古く、バロック音楽でもありません。パレストリーナの時代と同じ、ルネサンス期の作曲家で、主に宗教音楽を中心に作曲した作曲家でした。僕は対位法的なパレストリーナより、メロディの美しい、このビクトリアを好みます。
彼の作品は、ビクトリアの同時代人で、スペインで活躍した画家エル・グレコの神秘主義などにもなぞらえる美しさを讃えられ、魅惑の宗教音楽ばかりが目白押しとなっています。
多くの場合、偉大な文化芸術の興隆には、政治や経済の安定と発達が必要な条件です。ビクトリアの生きていた16世紀スペインもまた、ハプスブルグ家の流れを組む王国を形成し、当時はヨーロッパ一の先進国となっていました。このイベリア半島でスペインは、カルロス一世の後、即位したフェリペ二世(在位1556-1598)の治世下で「太陽の没しない大帝国」の時代を謳歌したのでした。
16世紀のスペイン王国は、当時世界最大の、国際王国だったのです。トマス・ルイス・ビクトリアはその時代のスペインに現れた、素晴らしい天才の一人でしょう。
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オランダの画家、フェルメールの絵画に見る、静けさに満ちた寂光は人間の心の平和と、安心とを満たします。暗闇でなく、窓から漏れる、静かな光が人々の心を灯し、無理強いしない穏やかさが心を満たします。
緩やかに流れる、ア・カペラによる人声にもまた、我々はそうした心の平穏を垣間みます。そこにあるのは、間違いなく、優しさであり、全く濁りのない、調和の精神なのです。不協和音の多い現代の作品とは違い、ルネサンス期の音楽には全く、といっていいほど濁りがありません。その分、自由度は失われるものの、せわしさや日々の労働に追われる現代の私達を、開放してくれるような天国的な雰囲気があるのです。
クラウディオ・モンテヴェルディの「聖母マリアのためのヴェスプロ」における、マニフィカートのような清潔な空間が、当たり前のように形成され、管弦楽の伴奏のない、ア・カペラの美しさなどはこの世の物ではありますまい。
トマス・ルイス・デ・ビクトリア、「6声のレクイエム」。ピーター・フィリップス指揮、タリス・スコラーズ。
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これは僕の愛聴盤です。
ビクトリアの音楽には、他のルネサンス期の音楽家にはない、諦めに似た優しさと、神秘とがあります。人声が、無伴奏で、ステンドグラスから漏れる光のように、ゆっくりと絡み合い、清澄な「鎮魂の歌」を形成してゆきます。
まるで、新雪をおずおずと踏むかのように歌う、タリス・スコラーズの美しい歌声は、各声部を二人で歌い、透明度、構成感ともに素晴らしく、このビクトリアの代表作を立派に再現しています。当時の、400年前のスペインの空気が今まさにここに再現されているかのようです。
レスポンソリウムを含む、ビクトリアのレクイエム(鎮魂ミサ曲)は、息の長いメロディと、透明度の高い空気感が聴きものです。日常起こる、全ての不愉快さを忘れ、許す心が、ここに語られます。
トマス・ルイス・デ・ビクトリア、「宗教曲集」。マイケル・ヌーン指揮、アンサンブル・プルス・ウルトラ、他。
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このボックスは、先日レコード屋を徘徊しているときに見つけました。他に試聴したエリアフ・インバルのブルックナーを買おうか少し迷ったのですが、こちらのボックスを見つけて、あえなくインバルは「おじゃん」となったのでした。
最近の古楽団体による、ビクトリアの音楽集(10枚組)です。
僕は長く、努力して、ビクトリアの「6声のレクイエム」を飽きないように、あまり聴きすぎないようにしてきたのですが、そろそろ限界に来ていたのを実感していました。ですので今回の10枚組は本当に助かります。
曲目は多く、詳細は避けますが、ここには「6声のレクイエム」は含まれず、代わりといっては何ですが、ビクトリアのもう一つの代表作、「4声のレクイエム」が含まれています。多分、「4声のレクイエム」については、録音も少ないので、程度の高い、この演奏が当面の決定盤になるのではないでしょうか。他にも20曲近くあるといわれるビクトリアのミサ曲の内、9曲が納められていて、このボックスの聴きごたえも充分でしょう。他にもモテットやマニフィカートなどのたくさんの宗教音楽が収められています。
このアンサンブル・プルス・ウルトラのボックスは、全て21世紀に入ってからの最新の録音で、演奏もタリス・スコラーズほどではないですが、十二分に美しいです。音質の良さは当然、タリス・スコラーズのアルバムを上回っていて、透明で冷たい空気感が最高です。
演奏はタリス・スコラーズよりも「やや」古楽的な雰囲気も強いように思いますが、気になるほどでもないでしょう。
しかしビクトリアの音楽に共通する、優しさの感情の素晴らしさは格別です。これほど純粋な感情は今の時代、そうはありません。まさに現代とは違う様式感、あるいは人間性があってこその音楽ではないでしょうか。ドラマや映画で描かれる、現代からみた過去の時代ではなく、本物の、実際の過去の人間の作品に触れると(演奏上の問題はあるんでしょうが)、その時代の人間がどんな人々であったのか、興味が沸くところです。
最後にもう一点、ビクトリアとは違いますが、ヨハンネス・オケゲム(1410?-1497)の「レクイエム」紹介しておきます。演奏はヒリヤード・アンサンブル。
ルネサンス期の代表的作曲家の一人、オケゲムの「レクイエム」と、「ミ・ミ・ミサ曲」の録音です。これはビクトリアよりさらに古い人で、500年以上前までさかのぼります。
ビクトリアなんかと比べると、響きはやや渋いですが、清澄で心に染みる音楽であることは変わりません。オケゲムの代表曲は「ミ・ミ・ミサ曲」で、美しいですが、個人的にはしっとりと落ち着いて歌われる「レクイエム」に魅力を感じています。
これも僕の愛聴盤なのですが、ビクトリアのレクイエムのほうが美しいと思います。しかし、飽きの来なさではこちらのほうが上かもしれません。
ヒリヤード・アンサンブルによる、「ミ・ミ・ミサ曲」も良く、厚みのあるア・カペラのハーモーニーは純粋なヨーロッパの香りを漂わせます。ここにもタリス・スコラーズやアンサンブル・プルス・ウルトラのように、スーパー・ア・カペラの世界が展開しているのです。

