今回は微妙な問題について書こうと思います。最近は自然現象による災害が多く、目に付きます。テレビのニュース番組なんかでも、気候の変化の原因を天気予報の時間などに特集したりしますが、あくまで天気図による簡単な説明だけで、抜本的な原因を説明してくれないのが不満です。
ただまあ・・・僕もこうした問題の原因など分かりもしませんが、色々気になることもあるので、一度ここに書いておきたいと思います。
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<ラヴロックの著作から>
日本で1984年に出版された本でJ・E・ラヴロック(1919-)の「地球生命圏」(工作舎。邦訳はスワミ・プレム・プラブッタ。)という本がある。
これはラヴロックという、NASAの宇宙開発事業にも携わった、イギリスの科学者の本で科学者的見地から「地球」というものが、いわば、一つのまとまった「生命体である」という考えを提示した、意欲的な本である。
これはガイア理論とも呼ばれるもので、環境に配慮した新しい時代の科学ともいえるものだ。
ただ、こうした彼の意見は科学的でもないという告発もあり、中々微妙な部分もある。しかし、日本でも最近は毎年異常気象が顕著になり、おそらく地球温暖化が進んでいるだろうことを考えると、オゾン層の破壊の原因を発見した、彼の意見はもう一度見直してみる必要はあるのかもと思う。
ラヴロックは21世紀末には地球温暖化のせいで地球上に人間の住めるところがなくなり、多くの人が死ぬといったが、結局、彼はそれを後ほど撤回した。
今の世の中、「地球温暖化」が進んでいる、と書くと、どこに証拠が、とか、無駄に人を脅かすな、とか色んなことをいわれてしまう。しかし、「現実に気候が以前と変わってきている」と思えるのに何にも考えないのでいいのか、とも思う。確かに今の異常気象が単に一時的なもので、心配など無駄であるのならそれはその方が良い。
結局「温暖化が進んでいる」、あるいは「温暖化が進んでいない」、またはその原因が「人間の活動のせいである」、いや「地球自身が温暖化している」といっても、こうした色々なケースの場合でも証拠などないわけで、結論など出ないのかもしれない。また地球は近いうちに寒冷化するだろうという意見もある。
しかし、今後環境があまりに変わりすぎて困るのは、我々人間である。全くそのことについて、何の考えもないというのもどうなのだろうか。
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<どこに問題があるのか>
一応僕は今でも二酸化炭素による温暖化が一番怪しいと考えている。他にも理由はあるかもしれないが、人為的なものではそれが一番可能性が高いと思う。当然僕は科学者でも何でもないし、あのデータが合っている、とか、あのデータが間違っている、とかそういうことも分からない。しかし、仮に人的な効果による温暖化について考えたとき、それ以外の理由で納得できるような理由は、他にどの程度あるのだろうか、とも思う。
ここでわざわざ「人為的なものでは」と書いたのは、結局今のところ我々にできる「温暖化対策」は、「人為的な場合に限られる」のではないかと考えたからだ。もしそれが理由なら、自分達が努力すれば解決できる問題になるはずである。
だからまずその部分に当たってみれば、以前書いたブログの内容と重なるが、その原因が我々にあるかどうかも分かるようになると思う。こうしたことは、もしかしたら無駄な努力になるかもしれないし、大変な労力が必要だが、何にもしないとなるのも困る。
でなければ、後は科学が発達して、ちゃんと「温暖化の理由がはっきりする」レベルまで待つしかない、とうことになるだろう。
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僕もとうとう今年で40歳になる。自分が子供のときは、最近見るような竜巻の被害とか、川の氾濫はなかった。川の氾濫はなかったわけではないが、昨今のように頻繁でもなかったと思う。
ラヴロックは述べている。
「状況が悪化したさいのガイアの反応は、サイバネティックスの諸規則にのっとるが、なかでも時間定数とループ・ゲインが重要な因子である。酸素調整の場合、時間定数は何千年という単位だが、このように緩慢なプロセスは、好ましからざる趨勢に対してわずかの警戒信号しかださない。すべてが順調に進んでおらず、なにか手を打たなければならないということがわかってから、同様にゆっくりとした改善効果があらわれてくるまでのあいだに、慣性にひきずられて事態はさらに悪化する。」
ただラヴロック自身は人間活動による環境破壊の実態は、環境活動家などがセンセーショナルにいうほどではないともいっており、もっと穏健な意見ではある。
しかし、まあ・・・こういういい方は月並みで申し訳ないんですが、「温暖化二酸化炭素説」に反対する人々が多い理由の一部には、その説が経済的な活動を制限するからではないか・・・という考えが脳裏をよぎるのは、僕だけだろうか・・・?
以前NHKが日本の公害である、水俣病について報道する、当時のモノクロのニュースフィルムを流していた。当時の加害者であるチッソは、メチル水銀を海へ排水として垂れ流していることを中々認めようとはしなかったことが、ちゃんと記録に残されている。会社側は、旧日本海軍の爆弾が海に捨てられていることが理由だ、とか、今では考えられないようないい訳もしている。それは、結果を知っている我々から見ると、ちょっと異様にも見える瞬間だった。
人間は都合が悪ければどんないいわけでもするのだと、改めて思った。
その番組を見ていて、現在の問題の多い、東京電力を思い出したが、今の企業は、利益を上げなければならないのだろうから、仕方がないとはいえ、やはり「良心」がなさ過ぎる気がする。それは確かに一部の企業にすぎないのかもしれない。しかし、最近のカネボウの白斑問題における、論文書き換え事件もひどかったが、そんなことばかりされては、市民の信用もなくなってしまう。
以前の僕のブログでも、「異常気象とか」の回と、あるいは映画の「AVATAR」を批評した回でも似たようなことを書いた。環境問題を企業のせいにしてしまうのは現代の「神話」である。そうしてしまえば何か物事が解決してしまうような感じもある。
ただそれでもやはり「火のない所に煙は立たない」で、一度はしっかり「自分達が原因でない」というのなら、それをちゃんと証明してほしいと思う。