J・D・サリンジャー著、野崎孝訳、「ライ麦畑でつかまえて」。白水ブックス。
______________________________
この本は一度読んでみたいと思っていた本。・・・噂だけで、ぼんやりと読もうか読むまいか随分前から悩んでいた。
J・D・サリンジャー(1919-2010)はアメリカ合衆国の作家。
しかし・・・読み始めてみてすぐに面倒だと思った。それこそ、ヘミングウェイのときの解説と違って、憂鬱な感情の描写。憂鬱の度が過ぎていて、皮肉ばかり。その皮肉そのものは面白いが、でも、最近の僕感情には合わない。だから途中で読むのを止めて、放っておいた。
読んでいると学生時代を思い出す。ピュアな希望と、薄汚い現実とのギャップ。しかもまだ社会に出ていないから、本当の現実を知らないし、これから知らなくちゃいけないという恐怖。もう大人になった僕(本当か?)にはどうでもよい話だが、昔は主人公と似た感情にあったことは確かだ。そしてそういった心境は、この小説で良く書けている。
学生時代は色々悩むものだ。僕だってそうだった。
・・・まるでラスコーリニコフの薄口。ドストエフスキーが重すぎるなら、これぐらいがちょうど良いかも・・・。結局感情の描写があるといっても、ロシアの文豪と比べれば、表面的には見える。そこに歴史のある民族とない民族との内面的な差を垣間見る。
こんなことを大人になってまで引きずっていたら、鬱病にでもなってしまうだろう。人間は頭の中を整理できる。それには現実と理想をつき合わせることが必要だし、年とともに人間はその整合性を少しは取れるようになる。
物語はさらっと(?)して、後半少しく感動的なところもあるが、しかし、程度は知れている。だがその分、現実的だと思う。 新しい、というのもいい過ぎだが、文学としては古くない。この作品は近代平凡な若者の気持ちを代弁したところがあり、作者自身もおそらく、純粋な人間だったのだろうと思う。学生で、鬱屈したまま悩んでいる人がいるのなら、この本を読めば、慰めにはなるのかもしれない。
まあ・・・もし簡単に総括するというのなら・・・いうなれば・・・若者の不安な気持ちが結晶化した、永遠のモラトリアム小説・・・というところだろうか。