感動するということがある・・・。人生の中で、どうしても自身がほしいと思うもの。あるいは未知の驚き・・・。音楽を聴いていたとき、あるいは本を読んでいたとき、僕自身がほしいと思ったものに意図せず出会ったとき、その衝撃は大きかった。
それは本当の意味での「自分探しの旅」に等しい行為であると思う。
学生時代クラシック音楽を聴けば、本当に素晴らしいと思った。世の中にこれ以上のものはないと思った。そしてその実感は今でも、この世の中にある音楽全てをひっくるめても、ある程度までは正しいと思う。
だから、それはまず一つ主張しておこう・・・。
だけれどもそれを主張したからといって、どうだというのだろう。今では昔ほど感動することが少ない。こうした物事のなかで、自分の「欲しいもの」については、おそらくもう、理解したのだ。・・・おそらくそうなのだ・・・。だからもう感動する必要が・・・ない。
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下世話なものが必要なときがある。人間は完璧ではない。完成された人間がいたとしても、その過程は必ず存在する。
嫌われ者は嫌われ者である。・・・確かにそうだが、嫌われ者はその「嫌われ者」同様の、「未完の他者」の至らなさを映す鏡でもある。そして未完の者は、もし自身の薄汚れた特性を、自身の完成のため理解しなければいけないと悟ったとき、その現れを自身の外界に探すことがよくよくある。
そしてその時初めて、その「未完の者」は「嫌われ者」の価値を知る。
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<最近の所感>
さて・・・。
どう切り出そうかと思ったんですが・・・。まあ・・・適当に読んでください。
恥ずかしい話なんですが・・・僕は昔からアメリカのエッチビデオが好きでした。しかも物心ついたときからそちらのものが好きでね・・・。
どうも・・・自分の本性というのは偽れないもので、そのことが昔は嫌で仕方なかったんですが・・・しかし、こればっかりは、嫌がってもどうしようもないことなんですね。
こういうネタは、あんまり詳しく書くと削除される可能性がありそうなので、簡単に済ませます。
そっちの世界で、アンナ・モールという女優がいたんですが・・・彼女が2006年に死んだことを今年なって初めて知りました。1967年生まれの人なんですが、ラス・ヴェガスで交通事故にあったとか・・・。シート・ベルトをしていなかったんだそうです。
何でこんなことを書くかというと、これが僕にとって今年に入って知った一番ショックな事件だったからなんです。不謹慎かもしれないけど、実際にそうなんです・・・。大体こんなにショックを受けるとも思っていなかったけど・・・。
1990年代初めに活躍したサヴァンナという女優も好きだったんですが、彼女も全盛期にピストル自殺で亡くなってしまって、ショックでした。そして今回もそう・・・。
日本に住んでちゃ、こんな事件も伝わってこないんでしょうけど、今はネットがありますからね。知ったときは、驚いたというよりショックだった。
F1ドライバーのアイルトン・セナとか指揮者のギュンター・ヴァントが死んだときもショックでしたが、アンナ・モールの死も同じようにショックだったんですね・・・。そして、繰り返しになるけど、そのことにショックを受けてる自分を発見したのも驚きでして・・・。とにかく、勝手に感情が反応してしまうようです。
・・・それで今回はその弔いを自分のブログで書きたかった訳です。こんなことを日本で書くのは僕だけでしょうけど・・・。
まあ、何とでもいってください・・・。
こういう人達はまともな世間からいえば日陰者なんでしょうが、人の死には違いありません。「支持する」といういい方も色んな勘違いをされそうですが、僕にとっては本当に残念でした。
スキンマグのフォックス誌の扉をよく飾っていたけど、その彼女は最高にクールで美しかった。
でももう、お別れだね。残念だけど、さようなら・・・アンナ・モール。
