J・R・R・トールキン著「指輪物語」。瀬田貞二、田中朋子訳、評論社。
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長大なファンタジー小説だが、必ずしも子供向けではなく、成人文学でもある。
世界最高のファンタジー小説の呼び声が高い、ファンタジー小説の傑作。
長大な内容で、3部作の構成を取っている。
個人的には学生時代と社会人になってからの合計二回読んだ。だがその後映画になったものも観たりしたので内容は随分理解しているつもりではある。
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この小説はイギリスのオックッスフォード大学の教授、J・R・R・トールキン(1892-1973)によって1936年から1949年にかけて執筆された。この小説を書き始めた時教授は44歳であった。
トールキンは言語に対するスペシャリストで、アングロ・サクソン語の教授であったという。若いときには英語の辞書の編纂の手伝いもしている。
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この小説が大衆文化に与えた影響は大きく、今でもある種の世界にはどうやっても離れがたい影響を与え続けている。
特にファンタジー・ゲームの世界では長らくこのトールキンの作った世界を模倣することが幾度となく行われてきたといえるだろう。それは今でも変わらず、マンネリともいえるほどである。
大概西洋風のファンタジー・ゲームの世界では登場人物による、剣と魔法の使用に加え、人間以外の人種であるエルフやドワーフなどが登場する。
僕も大昔、初期のRPGである「ウィザードリィ」で遊んで以来、ゲーム内のこうした世界観になじんできた。だから、その存在の由来に特に気を配ったこともなかった。しかしこの「指輪物語」を読んで初めてその出所を知った。
大体エルフやドワーフなどという英国の土着の妖精がこうも世界中に広がることになったのは、このトールキンがその妖精を物語の中でリアルに擬人化したからに他ならないのだが、今の人はそれを何の違和感もなく受け入れている。
こうしたところにも彼の作品の影響の大きさが伺えるだろう。
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自身がアメリカのファンタジー小説の作家であり、編集者でもあるリン・カーター(1930-1988)は、自著「ファンタジーの歴史」(中村融訳、東京創元社)の中で次のように述べている。
<彼の業績の本質は正確にはこういうことだ――彼の前後にほかの作家が創ったよりも、はるかに徹底的かつ詳細をきわめて「準世界」を紙面に創りあげたこと、これである。この点で「指輪物語」に優る作品がわれわれの時代に登場し、彼の偉業を凌駕することは想像がつかない。>
それまでの多くのファンタジー作品がヨーロッパの中世まがいで、それを歪曲させたうえ、細かいところは漠然としたままの世界観しかもっていなかった。
ところがトールキンが登場して以来、ファンタジーの世界はどれも一定の基準を持ったように見える。
日本の指輪物語の文庫版では最後の10巻は「追補編」とされ、中つ国の歴史や言葉あるいは年代記などの解説に当てられているが、こうした内容が一冊の本になるということ自体がトールキンによる「準世界」の精密さを表している。
実際今まで自己の創りだした準世界に新たな「言語」を創りだした人物などいるだろうか・・・?「追補編」の中のテングワールやアンゲアサスといった、この世界のアルファベットとも思える表を見て、一体誰がこれと同じような仕事ができるのかと思う。
トールキンが言語のプロフェッショナルであることが、こうした偉業をさせたのであろう。
今では多くのSF、あるいはファンタジー作品が独自の言語体系を持っている。
あのスター・ウォーズでさえ、それは例外ではない。今日空想世界が完成された世界を持つとなると、新たな言語を創作せざるを得ないが、これは結局トールキンが始めたことによっているのである。
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「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。この言葉は、はじめに神と共にあった。万物は言葉によって成った。成ったもので、言葉によらず成ったものは何一つなかった。言葉の内に命があった。――― ヨハネによる福音書」
言葉は力である。トールキン教授はアルダの言葉を創作することによって、その準世界を創りあげていったのある。
彼の作品の中でまさに言葉が肉となったのだ。