共産党宣言 |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち


マルクス・エンゲルス著、共産党宣言。大内兵衛、向坂逸郎訳。岩波文庫。

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旧ソヴィエト連邦の崩壊によって、共産主義が決してこの地上世界にユートピアをつくることはないと証明してしまった。


「今日まであらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である。」


という有名な文言ではじまるこの本は、20世紀全体を悩ませることとなった冷戦の構造を生む原因の一つとなった根源的思想を述べている。


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こので本でマルクスとエンゲルスは次のようなことを宣言する。


「歴史の早い諸時期には、われわれは、ほとんどどこでも社会が種々の身分に、社会的地位のさまざまな段階に完全にわかれているのを見出す。古ローマにおいては、封建君主、家臣、ギルド組合員、職人、農奴にわかれていた。なおそのうえ、これらの階級の一つ一つのなかが、たいていまた別々の階層にわかれていた。


封建社会の没落から生まれた近代ブルジョア社会は、階級対立を廃止しなかった。この社会はただ、新しい階級を、圧政の新しい条件を、闘争の新しい形態を、旧いものとおきかえたにすぎない。


しかしわれわれの時代、すなわちブルジョア階級の時代は、階級対立を単純にしたという特徴を持っている。全社会は、敵対する二大陣営、たがいに直接に対立する二大階級―ブルジョア階級とプロレタリア階級に、だんだんわかれていく。」


こうして彼らは、19世紀中葉から20世紀の始めにかけて市場の拡大によって生み出された近代ブルジョア(資本家)が新しい時代の特権的存在になるだろうといい、ブルジョア達はその対蹠者であるプロレタリア(労働者)から富を搾取するから、人々は決して平等になれない、といいだす。


それ故最終的にマルクスとエンゲルスは労働者の肩を持ち、プロレタリアは団結し、自らの力でブルジョア社会を滅ぼし、またあらゆる国家体制をいずれは廃止していき、自由で平等な社会をつくらねばならないのである、という。


マルクスとエンゲルスは、あらゆる人間が平等な社会の実現を目指そうというのである。


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こうした思想の実現を目指したものがいわゆる共産主義であり、富の平等な配分を目指した。逆に資本主義は市場原理の中で富を得たいものは働き次第で高い富を得ることができるようになり、そうでないものは没落していくということになっていった。

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かつては反論が難しいとさえ思えたこの著書も、今改めて考えると色々気になることが多いと思う。この本は一見資本主義を非難しているように見えて、実際には共産圏と資本主義陣営という対立の構図を作り出すことによって、資本主義が存在しても良いという免罪符となってしまったようにも見える。


国家を廃止するといいながら共産国は、富を公平に管理分配するために大きな政府を持たざるを得なくなった。しかし他方、富の奪い合いが厳しい資本主義世界では企業が大きくなりすぎて富の集中が進み、その権力は時として国家さえもしのぐ勢いだ。


しかしマルクスは本来、資本主義には需要の限界や、あるいは恐慌、不況から来る限界があり、いずれは崩壊し、自然と国家統制のきいた共産主義に移行するだろうと予言した。


そのため現在の資本主義による世界経済の行き詰まりはマルクスの予言通りだという意見も多い。

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だが・・・今改めて考えてみると、我々の現実世界が政治経済のこうした流れに乗るということは本当に必要だったのかと思う。

そもそも「あらゆる世界は、階級闘争の歴史である。」というのも本当なのだろうか?


何もいつまでも階級同士が争う必要などありはしないのではないのか・・?


現代でも完全な市場経済はないし、完全な国家統制もない。


結局人間は思想の生き物だ。共産党宣言の二元的な思想は世界に深く根ざしてしまったが、現代では資本主義と社会主義の融合を考える人もいる。


自分がこの本を読んだのはもう15年以上も前だが、世界は恐ろしいスピードで変化しており、人々の考えも随分柔軟になってきたと思う。


いくらマルクスという人物が偉大だとはいえ、そろそろこの19世紀の思想家の呪縛を断ち切り、新しい時代の変化に対応した思想が出てきても良い頃なのではないだろうか?


早く我々が難しい時代を乗り切り、ここまでがっちりとイデオロギーにとらわれないような、この先の時代も通用する、もっと自然な政治と経済が生まれはしないかと僕は願っている。