いじめについて |  ヒマジンノ国

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長谷磨憲くんち


今日はいじめの問題について少しだけ書きます。

僕自身もいじめのことについて書くのは余り良い気持ちがしません。


僕の小学校時代もいじめはひどかったので、クラス全体で特定の子をいじめていました。


当初、いじめる側に僕はあんまり参加していませんでしたが、だんだんそちら側になっていく自分がいて、今思い出すとかなり嫌なものがあります。


僕自身、別にいじめっ子でもなかったのですが、クラス中に嫌われたくないという思いから徐々にそのいじめられていた子にひどいことをするようになっていきました。


・・・要はいじめに参加したということです。


今思うと、卑怯な自分がいたことが嫌で仕方ないです。

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そんな自分が偉そうなことをいえないのは承知していますが、我ながら自分勝手なことにいじめられた子が自殺したニュースをみると、最近はとにかく腹を立てるようになりました。


いやはや・・・。


そんなに大したことは書けませんが、昔読んだ本に気になったことが書いてあるのでそのことといじめ問題に絡めて書いてみます。

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過去の偉人からちょっとした意見を伺いたいと思います。


生前の朝比奈隆を僕は尊敬していました。

朝比奈隆は大阪のオーケストラの指揮者で、1908年生まれでした。2001年に亡くなりましたが、亡くなる年の93歳まで精力的な指揮活動をしていたのが印象的でした。


その朝比奈が音楽の友社から1997年にでていた「朝比奈隆、栄光の奇跡」という本の中で対談形式で日本の教育問題に触れている箇所があります。


音楽評論家の宇野功芳との対談形式ですが、朝比奈隆はいじめについて次のように語っています。


<今のいじめはたちがよくないようですね。・・・(中略)・・・これも教育者の側に問題があるような気がするなぁ。僕らのころは次の日に教室で手を挙げて「せんせいー。XXくんが・・・・・・」と言いましたけど、いまは手を挙げて言いつける先生もいない。そうなると、逃げ場がないんでしょうね。>


そうやって朝比奈隆はいじめに対する理解を示しています。しかしこれはある程度までは教育制度の問題でもあるのでしょう。


その教育問題についても朝比奈隆は語っています。


朝比奈


・・・(中略)・・・僕は今の教育制度を難しくしている原因は、戦後の新しい教育制度だと思います。それは、アメリカの行ったことにも責任の一端がある。つまり、中学校というものを小学校の上にくっつけてしまったことです。旧制の中学校は管轄も府県単位でしたから、今の高校と同じだったんですね。でも新しい教育制度は、今でいえば高校にあたる旧制の中学校のうち、最初の三年を義務教育へくっつけてしまった。小学校のあとを義務教育にしたこと、そこに問題がある。・・・(中略)・・・教育するほうの立場からすると、やりにくい部分がかなりあるんではないでしょうか。高校は義務教育じゃありませんから、試験を行って選別できます。・・・(中略)・・・とにかく、今の新制中学というものに無理があると思いますね。これはアメリカの占領政策なんでしょうけど。


宇野


いわゆる六三制ですね。アメリカはどういう考えだったんでしょうか。


朝比奈


日本の明治以来の教育制度をいっぺん解体したかったのでしょう。そこに日本という国の、国力の根本があるわけですからね。

・・・(中略)・・・幼年が少年になって大人になるちょうど過渡期が、こっちに付いているのか、あっちに付いているのかわからないのがよくない。


宇野


今は中学が小学校の延長みたいですからね。どうもその辺に一番の根本原因があるようですね。


朝比奈


今の職員の制度もそうです。中学校の職員は義務教育だから小学校と同じ系列になっている。義務教育は昔でいえば、旧制師範系の職員系列です。そういう意味では、旧制中学校の先生は立派でした。小学校から中学へ入った時、急に大人になった気がしたでしょう。


宇野


気がしました。一人前の大人として扱われました。


・・・・・・(中略)・・・・・・


朝比奈


どうしたらいいか、途方に暮れているんじゃないですか。それだったら、制度を変えてみればいい。ただ議論だけしていてもしょうがないですよ。

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ということで長々と引用しましたが、かつて教育委員会にもいたこともあるという朝比奈隆は、今の新制中学校に問題の根本があるということを述べているわけです。


この本を読んだ当時、僕などはこの対話文を読んで結構驚いたものです。自分が子供の頃は、小学校や中学校の差などほとんど何も考えず学校に通っていましたから・・・。


今そこにあるあり方が「当たり前」と思い込んでいたためでしょう。


実際現代でいじめが一番多い世代は中学校らしく、これも朝比奈のいうことが正しければ、大人でも子供ない世代が中学校で生まれ、体は大人になりつつあるが精神が幼いままの子供達がそのエネルギーをどうやって使って良いのか分からないから弱い者に矛先が向かうのかもしれません。


一応現代でも6・3・3・4制については批判もあるようです。結局体だけ大人になっても精神が発達していなければ何もならないということでしょう。

生きていくテクニックだけ教えても何もならないということです。


子供達が健全な大人になるべく道筋を立てるのは我々大人の責任です。


ここで今回取り上げた内容だけがいじめをなくす方法でないのは確かです。しかし、現代、時代の変遷によって起こった歴史の断絶が日本人の本質をねじ曲げてきたようにも思えます。

そうした中で僕は一度日本人の原点を見つめ直してみるのは、教育を考えるために良い手段の一つのように思えるのです。