クルト・リース著、「フルトヴェングラー」。八木浩、芦津丈夫訳、みすず書房。
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第二次世界大戦中、ナチスの支配するドイツでは多くの作家や音楽家が亡命し、公然とナチスに敵対した。
他方、イタリアのトスカニーニという指揮者は早くからファシズムを嫌っていた。
教養より実際的行動でもって自己を表現したがるこの癇癪持ちの偉大な指揮者は、ムッソリーニに妥協の無い態度を叩きつけると、とっとと新大陸へと亡命してしまう。
それはまだ戦争の始まる前であり、この選択は正解だったといえるだろう。
それに比べるとドイツの伝説的な指揮者の一人であるフルトヴェングラーの取った態度はもっと緩やかなものだった。
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それは一時代を画した大指揮者の苦しみと葛藤に満ちた正義の追求であり、理想の追求でもある。
現代のようにショウビジネスが幅を利かす世の中とは違い、本来、クラシック音楽の指揮者は、正義の行使と伝道を旨とすべきであり、大指揮者であるほどそれは求められたものであった。
特にこのジャーナリストのクルト・リースによる「音楽と政治」と言う副題が付いた著作は、政治と芸術の軋轢を描く事で、そうした大指揮者、フルトヴェングラーの姿を浮き彫りにしようとしており、当時まだナチス関与が疑われていたフルトヴェングラーに対する弁護の書でもある。
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絶望と苦しみが渦巻く中、なぜフルトヴェングラーが亡命もせず、ドイツに残ったのか・・・。
それは音楽に没頭し、その真実を疑う事がなったこの大指揮者の涙に満ちた訴えがあればこそだろう・・・。
フルトヴェングラー自身はこのリースの著作に必ずしも満足していなかったそうだが、今日、第二次世界大戦中のフルトヴェングラーの姿を知るにはこれ以上のものは無い。