今回はリヒャルト・シュトラウスの音楽についてまとめてみました。
シュトラウスと言えば日本ではワルツのヨハン・シュトラウスぐらいしか知られていませんが、実際はこのR・シュトラウスの方が大物で、偉大と言えます。
彼の人生は、戦争で苦しんだ時代があったとは言え、比較的自由に作曲が出来、幸せであったと言って良いかと思います。
そのため、特に彼の人生について格別書きたい事はありません。
しかし、彼の音楽は今もって演奏されている曲も多く、紹介したいと思いここにまとめました。
今回は以下の曲について書いています。
交響詩「ドン・キホーテ」、「ツァラトストラはかく語りき」、その他。
オペラ「薔薇の騎士」、「サロメ」。歌曲「最後の四つの歌」。
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<ドン・キホーテ>
リストが開発した交響詩が、19世紀後半のヨーロッパの音楽界で流行し、それは多くの作曲家にとって、交響曲に変わって新しい命題となっていた。
高名なホルン奏者の息子として生まれたR・シュトラウス(1864-1949)は、コチコチで頭の固い、反ワーグナー主義者の父親、フランツと違い、新しい音楽の潮流に敏感であった。
そして1884年頃、当時最大と言われた指揮者、ハンス・フォン・ビューローに認められてからは、その音楽家としての成功と共に、しばらくの間はせっせと交響詩を書き続けた。
R・シュトラウスの作曲家としての成功は、こうした交響詩の作曲と無関係には語ることが許されない。
新しい音楽を求め続ける事が唯一の至上命題であるかのようなヨーロッパ音楽界にあって、R・シュトラウスの極めてセンセーショナルで刺激にみちた音楽は、彼を時代の寵児へと祭り上げていったのである。
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物事には順序がある。
ハンス・フォン・ビューローの言うところの三大B、つまり、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスの音楽が言わば「クラシック音楽」の第一義だとすれば、ワーグナー以降の後期ロマン派の音楽はそこからの派生物と見なせなくもない。
実際にワーグナー流の感覚的要素の多い音楽はやや二義的要素が強く、ワーグナーがロマン派最大の作曲家であったとしてもそれは変わらないだろう。
確かにワーグナーはオペラの大家であり、その音楽が如何に立派であると言っても、オペラと言うジャンルの性格上、音楽は補足的な意味を持つ事が増えるのは致し方ない。
そこには音楽そのものが絶対性を離れ、自由、あるいは放埓ともいえる傾向を持てる可能性を示していると思う。
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とは言え、こうした音楽の考え方の差異は、一連の音楽哲学の中では連続的であったはずだった。
しかし、時代がこれらの作曲家の関係を複雑にしてしまう。
進歩と言う名の美名が、過去へ向く音楽と未来へと向かおうとする音楽の二つの流派を対立させたのだ。
そのため、前者はブラームスを担ぎ上げ、後者はワーグナーがその具現者の表れとして担ぎ上げられ、双方は激しくやりあう。
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そして、ベートーヴェンの音楽がメンデルスゾーン、シューマン、ブラームスという後継者を生んだように、ワーグナーの音楽もブルックナー、マーラー、R・シュトラウスという後継者を生んだ。
特にR・シュトラウスの場合は、当初、ワーグナーと同じ流派とも言えるリストの影響を受け、絶対性と依存性を併せ持つ、交響詩の大家となっていったのである。
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R・シュトラウスの交響詩は不思議な音楽で、その音楽自身は当然コンサート用として書かれている訳だが、聴いている曲の内容を知る際に、実際はクラシック音楽以外の知識を求められることがある。
そのために、クラシック音楽以外の知識がない人が彼の交響詩を聴きに出かけても、内容が良く分からない作品がかなり多い。
確かにリストの交響詩にも同じことが言えるが、そうした傾向こそが、まるで、「新しい時代の音楽」の一つの答えだとでも言いたげに見える。
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そしてR・シュトラウスの作曲した交響詩「ドン・キホーテ」は、彼が「音楽以外」の他のジャンルと、密接な関係を持たせた代表的なの作品の一つだ。
有名な小説のタイトルを扱っているのは良いが、反面、その内容は小説の内容をそのまま音楽化したような高度な内容で、この曲を理解するには最低でも「ドン・キホーテ」を一度でも読んでおかなければ無理だろう。
聴き手の側に教養と高い知的要求を求めた事は結構だが、それは聴衆にとって一種のハードルとならざるを得なかったのである。
R・シュトラウス交響詩「ドン・キホーテ」。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。
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R・シュトラウスの交響詩の中で、もっとも洗練されていると言われるこの作品と、カラヤンの上品な指揮が良くマッチしている。
静かで落ち着いた内容だが、カラヤンサウンドの持つ類稀な音響美はここでも発揮され、なかなかの心地良さである。
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R・シュトラウスの作品は時に高度な教養を要求し、そうした態度が作品へのインスピレーションと結びついていたのであった。

