クラシック音楽の専門家はチャイコフスキーやドヴォルザーク、プッチーニ等の人間感情に直接訴えかける音楽を嫌い軽蔑することが多い。
だが、コンテンポラリーの作曲家達が思想やセクトでしか音楽を書けなくなっている時代、現代人の我々がチャイコフスキーのような音楽を体験するのは、かえって重要なことのように思える。
実際、第二次世界大戦後、前衛的な音楽を作る人々の作品はほとんど市民権を獲得したことがなく、まともに聴くと苦痛なものも多いと思える。
あまりの難しさに人間の感情に反していると思えるような現代音楽と比べると、自然な人間の感情を反映した19世紀のチャイコフスキーの音楽は、正直で美しく、上品ですらあるといえるのではないだろうか。
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あらゆる馬鹿馬鹿しさの原因に、自然な人間感情を忘れた人間の行いと考えとがある。
反面、健康的な人間の感情は美しく、理解しやすい。
チャイコフスキー自身全く健康的な性格だったとはいえないかもしれないが、その作品の多くは楽しく、人々を喜ばせるための創意に満ちている。
そのため、難しい曲を選ばなければ、クラシック初心者にも難なく楽しめる曲が多くあるのが特徴だ。
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作曲家の多いロシア。そのなかでも特に有名なのがチャイコフスキー(1840-1893)だ。作曲家としての偉大さ、とか深み、という独墺系を代表する作曲家の崇高なイメージや概念からはやや外れた印象のあるチャイコフスキーだが、彼は世界中で人気がある。
僕もクラッシク音楽を聴き始めた頃、良く聴いたのはベートーヴェン、モーツアルトそれに加えてこのチャイコフスキーだった。
そのチャイコフスキーの音楽には大衆性があると言われる。
確かに、自分の体験から考えてみても、親しみやすく分かりやすいチャイコフスキーの音楽の性質が、自分のクラシック音楽の理解する土台を作るのに役立ったと言えそうだ。
ロシアにはバラギエフを代表とする五人組やラフマニノフ、ショスタコービッチ、プロコフィエフ、二十世紀最高の音楽家の一人であるストラヴィンスキー等の作曲家がいる。
その中でもやはりチャイコフスキーの知名度は図抜けており、最も人気がある。
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同じスラヴ系の作曲家で人気があるのはショパンとドヴォルザークだろう。
彼らは同じアーリア人でも独墺系の作曲家とはやや一線を画しており、彼らが書く曲は理性的観念がやや弱く、情に溺れるようなところがある。白人特有の理詰めでものを考えてはいないのだ。
チャイコフスキーも同じで、彼は理屈よりも人間としての情を優先する。そしてそれが、人々の共感を呼ぶのに違いない。
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今回はチャイコフスキーの名曲のうち、有名な5曲について自分なりに書いてみた。それは、次の通り。
ピアノ協奏曲一番、ヴァイオリン協奏曲、くるみ割り人形組曲。
加えて交響曲5,6番。
チャイコフスキーには他にも有名な曲がある。弦楽セレナーデ、管弦楽曲の「ロミオとジュリエット」、「眠れる森の美女」や「白鳥の湖」というバレエ音楽等。
名曲が豊富なだけに、何について書こうか迷ったが初めの五曲に落ち着いた。
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チャイコフスキーの作品は初演当時、ロシア的な臭いがきついといわれ敬遠されたものが何曲かある。多分それは今でも余り変わらないかもしれないが、有名なピアノコンチェルトの一番もそうだった。
この曲はまさにチャイコフスキーを代表する名曲だが、序奏の美しい響きを聴くとロシア臭さというよりは、ロシアの洗練された美感を感じるはずだ。
ピアノ協奏曲一番。ピアノ・アルゲリッチ、デュトワ指揮ロイアル・フィルハーモニー管弦楽団。
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デュトワの指揮だけに音彩は明快、アルゲリッチのピアノの情熱的だ。
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ピアノコンチェルト一番はチャイコフスキーの代表作の一つ。
完成した当初、チャイコフスキーはピアニストのニコライ・ルビンシュテインに意見を求めた。しかし、思いもかけずルビンシュタインはこの曲を「無価値で演奏不可能」とののしる。
ところがチャイコフスキーは自作に自信を持っており、「一音符たりとも変更しない」と言ったという。
事実、長い壮麗な序奏部は華麗で雄大、一度聴いたら忘れられない美しさがある。
今となってみると、こうも美しい音楽を理解できない、というルビンシュテインの言葉の真意のほうがよく分からない、と言えるだろう。
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人生の良い部分は全て理屈で説明がつくわけではない。
そうしたことが分かるならば、チャイコフスキーの音楽は自然と人々の心に喜びを持って語りかけてくる。
そして、それを聴き手も素直に楽しむことができれば、その音楽は一生の友となると思う。
