2007年11月 当時私は妊娠5ヶ月。
結婚7年目

うつ病の症状があっても
妊娠中で病院には行かなかった。
(いけなかったのもある)

幼稚園に通う長女5歳と次女が3歳
女の子とはいえなかなか手のかかる時期でもあった。

でも母親業より嫁業がもっと忙しかった。
食事と間食(農業用の)の用意、掃除に洗濯、合間にキムチつけたり
当時は基本の農業に加えて
民宿の管理なんかもしていて
週末にもあまりゆっくり出来なかった。
そんなこんなで
子どもと遊ぶ時間もなかったなぁ。

どこかへ気分転換に行くことは難しく
妊娠中でも食べたいものも食べられない
身体はだるく疲れやすいけどなかなか休めない
自由に生活出来なかった。

嫌なことし続ける生活に疲れ果てて
笑うことも出来なかった。
息もできなくて
こんなにつらい毎日なのになんでどこも具合が悪くならないのか疑問で
(ストレス性胃炎とか、流産とか甲状腺異常とかね)
自分の体の丈夫さにも嫌気がした🥲
私は死んでしまいそうに苦しいのに誰もわかってくれないって。

夫は何を言っても聞く耳もなかった。
この生活の何が不満なんだの一点張り。
夫は私が不満言うのもちろん聞きたくないし
せめてねぎらいの言葉が欲しいだけの私を突き放した。

生まれてこなきゃよかった。
私の存在が蒸発しちゃったらいいのに。
いっそ死んでしまおうかと
何度か農薬を飲もうとしたけど
娘たちを残していけないなぁと実行できず。

生きている心地なんてしなかった。

こういう危機感を
家族はわからなくても
周囲の人はキャッチするらしい。

夫の女兄弟たちが姑に
私たち夫婦を分家させたほうがいいと
何度か言っていた。

「自殺なんかされたらみっともない」
(え?そういうこと??)

姑は息子たちと一緒に暮らしたい所有者欲の強い人で
夫はいつも姑に反発するものの
母親に依存して生きていた。

だから分家なんて絶対にありえないこと。

嫁である私が自殺でもしそうだというので
しかたなく
実家から車で5分のアパートに追い出した。
(当時たまたま夫の勤め先の社宅に空きが出たのだ!)
世間体気にする人たちだから
長女の小学校入学を大義名分に。

夫は姑と暮らすのだと私たちの家には来なかった。
(私妊娠中だよ?ガーン 今の私ならめっちゃ喜んでるとこなんだけど爆笑)

引越しの日
姑に生活費だと10万ウォン(1万円相当)を渡された。
米40キロと一緒に。
当時長女が通うピアノ教室の月謝が7万ウォン。
ガーンガーンガーン
アパートの管理費出したら何も残らない。

姑曰く
食べるものは届けるから
米はあげたし
キムチもあるし
節約して暮らせ。

滝汗


節約って??
使うお金すらないのに😅

何も言えない自分が情け無いけど
分家できただけでもどれだけありがたいかと思ってた。
(どこまでもお人好し笑い泣き)

結婚当初から夫の収入は全て姑が管理していて
私に蓄えなんてなかった。


私のせいでこんなことになったといわんばかりに
夫には暖房の灯油代は一冬200リットルまで
後は知らないから勝手にしろとも言われた。

床暖房の韓国では人間的に暮らすなら
節約しても最低一月200リットルが妥当。

お金のない私は堪えるしかなかった。
暖房はせず電気カーペットで娘2人と眠った。
子どもたちをお風呂に入れる時だけ灯油を使って
足りなくなったらガスでお湯を沸かしてた。

ここまでしても守りたい家庭だったらしいw
当時の私には。

思い出したら吐き気がしてきた笑い泣き

ダークなひとりごとは今日はここまで。
お付き合いくださったみなさまありがとうございます😊