日中友好を夢見て。 -2ページ目

日中友好を夢見て。

中国と日本と、上海と大阪と、中国ビジネス・中国生活奮闘記。

卓球女子団体 日本対ドイツ を観戦した。

印象的だったのは、石川の冴えた戦略での2勝、ダブルスで日本の流れだったのに最後土壇場で試合をさらわれた場面、そして、最後のフルセットで愛ちゃんが勝てるんだろうなと思った9-7から、一挙に相手に点を積まれ最終的に負けてしまった場面。

少し話題が変わるが、ドイツといっても中国人が2人居た。
さて、中国は周知のごとく卓球王国、オリンピックつまり国の代表になるなんてのは至難の業、という事もあってか、他国に行き帰化し、その国の代表として大会に出る選手も少なくない。

という事で、今回の準決勝は、いわば日本対中国と言ってもいいくらいである。
実際、ドイツ人の印象よりも帰化した元中国人のシーンが脳裏に焼き付いている。

私は最後の愛ちゃんの試合を見ながら、よし、正真正銘中国チームと決勝で戦えるなと思った矢先に大どんでん返しだったのが、今振り返っても、不思議で仕方がない。。。

さて、決勝は、中国対ドイツになるが、どうなるか。

いずれにせよ、ああ、日本対中国を見たくて仕方なかった!!!

今回の南米オリンピックにて、中国の国旗について物議が醸し出された。

 

これがおなじみ中国の国旗であるが、ポイントは左上にある5つの星。

最も大きい星の周囲を囲むように小さい4つの星があるが、それら4つの星の頂点は大きな星の中心を向くように並べられている、つまり、それぞれ角度が違うのであるが、今回のオリンピックで使用されたのは、まるで、星を拡大なり縮小なりしてコピペしたつまり星の数は合うのだが、小さな4つの星は”並べただけ”という具合だったわけである。

 

むろん、個人の趣向にもよるが、上の国旗についての私の感想は、違和感なく絶妙なバランス、結果心地よ目にく映像が入ってくるのか、すごくバランスが良いと思っていた。

 

私は設計に携わる傍らもあって、そんな中国国旗に関心を持ち、星の配列法については過去にふとしたことから知っており、設計者の心意をそれなりに理解したつもりである。

 

まあ、そんなこんなで、今回の出来事について、中国人は心象を悪くしているらしい。

しかし、逆に考えると、中国国旗のコンセプトを知ってもらえるよい機会になったのではなかろうか。

 

 

 

 

 

じわじわと円高になってきた。

一人勝ち状態だったトヨタが今後の利益確保の方策を検討するとマスコミの報道。

一方長く続いた円安で輸入業者は皮一枚だった、これでようやくイーブンぐらいのもの、いやまだとり返せていないぐらいである。

これってすごく平等でしょ、いいんじゃないでしょうか。

さて、いつもながら思うのだが、為替って面倒ですよね、円高、円安でころころ方策を講じないといけませんから。

という事で、弊社は引き続き、中国からの建材輸入のサポートを続けてまいりますので、視察に上海へ来られる方はぜひご一報くださいませ。

M.A.O建築設計工房
http://maoarc.client.jp/
”壁どん”なんていう言い方があるんだな。
場合によっては”暴行”に値するらしい。

確かに、自分より体の大きい人に壁際で逃げ場を失うように包囲されたら怖いに違いない。

しかし、まあそれはそれとして、過度に人権を意識しようものなら、結局何でもかんでも無難に終えるのが自身にとっても相手にとっても安全でリスクヘッジになる、その結果、なんの議論討論も出来ず、発展なき人間関係の継続の可能性もある。

さて、人間とは、心の痛みか肉体の痛みかを問わず、何らかの一定の痛みを伴ってようやく理解出来、結果進歩できる事も少なくはないので、昨今のように、やたらと人権を主張しだすのは、どんなものかなと思ったりもする。

基本的には、人間は他の動物同様、生態系ピラミッド、つまり競争社会の中にいる。


最近は年間を通して、中国半分、日本半分の滞在で、天神祭に参加するのは2年連続となる。
去年は、9年ぶりに参加したので、感慨も深かったが、今年はそれほどでもなかった。

天神祭2


大川を行き来する船のバラエティーがそれほどでもなかったか、あるいは花火の打ち上げ間隔がやや長くて、じれったかったか、そうそう、夏らしくなく暑くなかったことも原因の一つか。
もし暑けりゃ、もっとすずしかったらなと、ほんと人間は勝手なもんだが、夏祭りはやっぱり暑い方がいい、特に、女の子と一緒に行く場合なんかは情熱も高まってるから、暑い方が自然だ。
対元日本円為替について、やや正常化してきました。

正常化とは、日本に来る中国人にとっても、あまりに日本の商品がお買い得とも思えない程度、つまりちまたで言われる爆買いを促進できる程度ではない為替です。

むろん、為替は相対的なものなので、あくまでごく一般の人が感じるだろうと思われる私の直感ですが・・・。

一方、中国の商品を日本向けに輸出する、つまり中国で買い付けする価格としては、もうひとこえ円高になってほしい感ですが、まあ2年前頃の正常な水準に戻りつつあるのではないかと思います。
現在大阪に滞在中。

今年の夏は当初始まりのころ暑くなるかなと思ったが、もうすでに7月も下旬になる現在、さして暑くないように感じる。

今日の気温だが、上海から持ってきている温度計の表示もしれている。

温度計


まあこんな感じで盆までいってしまえば助かるな。

久しぶりのブログで、ブログの感触を改めて楽しませてもらってる。
今後また以前のようにまめに書き綴っていこうと思うので、是非、ネットサーフィンでたまたま私のブログをご覧になられたら、お読みいただきたい。
春節以降、ビジネスの関係で日本に滞在する時間が長いのだが、
日本で生活をしていると、中国との違いをいろいろと感じる。

人とのコミュニケーションで、
日本の場合、丁寧な挨拶から入るので、スタートからメリハリがあって気持ちいい。
一方、中国の場合、別に挨拶が無いわけではないが、形式にとらわれず、それはそれで、肩に力をいれずに済み、気楽である。

電車の中で、
日本の場合、高齢者に対して多くの若者は無視。悲しいかな、実のところ私自身、若者が席を譲る場面を見た印象は非常に少ない。
中国の場合、必ず譲るものがいる、これはうそでも誇張でもなんでもなく、実際に中国へ行ってみれば誰でもすぐにそんな場面を見れると思う。

お店で、
日本のサービスはダントツで良い、むろんがっかりの所も少なくはないが、相当数で気分が良い。
中国の場合、多くの店でお世辞にも気分を良くしてくれるとは言えない事が多い。


まあ、上記の内容は、ほんの実生活で遭遇する場面の一握りだが、日本と中国は依然として随分と違うもので、お互いがいい所を参考にすればいいのだなと、いつもながら感じるのだ。

それにしても、久しぶりにブログを書いた。

先日、兄と”断舎利”について話をした。

いわゆる不要なものを切り捨ててうんぬん・・・という話である。

さて、私自身の話になるが、
とりわけ中国に来る前、つまりずっと日本に居た頃は、心地よい家具、最先端のオーディオ・ビジュアルや日用品などで身の回りが構成されていたが、中国で生活が始まると同時に、そういう要求が一切なくなった。
なくなった理由はいろいろあるが、当時日本で普通に達成できた要求が中国で達成できなかった事、又、ほかに沢山楽しみ、いや楽しみ方と言った方が良いか、がある事を知った事等が主である。

さて、そんな中国もいよいよ豊かになってきて、一昔前に達成できなかった事も達成でき始めている。

しかし、達成出来始めていることが幸せとは限らないと思う。
つまり、今中国の各家庭で達成でき始めている事は、とうの昔に日本、あるいは西欧で達成出来ている事が多いわけで、私は少し距離を追いて第三者的に考察してみるに、不要なものも少なくないわけである。
つまり、今、日本で言われるところの”断舎利”の考え方だ。

まあ、上記で述べたのは、形のある物体についての話である。

形の無いものについてはどうか。

たとえば、世の中の情報はあふれかえっている、インターネットのおかげなのだか、あるいは、インターネットのせいだか、どっちにも考えられる。

不要な情報を知るような時間を別のことに費やせる可能性もある、逆に言うと、本来知る必要の無かった情報を知ったばかりに振り回される事もあるわけだ。

まあ、そんな風に、身の回りのもの、つまり物体、非物体を含めていかに整理するかというのは大事なことなんだろうな。





室蘭で、視覚障害者の交流会の予定が会ったらしい。

宿泊がからむという事で、当然ながら利便性を考えて室蘭市内のホテルを利用するべく問い合わせがなされた。

結果、宿泊可能なホテルはなく、交流会は中止になったらしい。

さて、盲導犬は動物には違いない。

話が変わるが、賃貸住宅にもペットの飼育が可能なところとそうでないところがある。
ペットを飼いたければ、可能な所を借りればいいわけだが、大抵の家主は、ペットを飼う事に対するリスクとして、保証金を多めに徴収したりする。
まあ、そういう意味では、家を貸す側も借りる側も、双方納得の元で契約が成立するのである。

さて、今回の争点は、盲導犬である。
ホテル側として決断は困難だったに違いない。

いずれにせよ、結果的に交流会が宿泊困難によって中止になった事は残念である。