中国での法人設立が容易になりました。
中国は鄧小平以降、一般の国民に向けて、いろいろな形でもって経済政策を推進し続けています。
それは、当時鄧小平が改革開放を行った際に言った”先富起来”というスローガンをその後の継承者がしっかり受け継いでいるように思えなくもありません。
つまり、不特定多数の一般の国民が豊かになれるように政策が進め続けられているという事です。
例えば、事業を開始するには一定の資本金が必要です。
新会社法では、資本金についての制限が大きく緩和されました。
その他、いろいろな部分で、事業者にとってメリットになる点が追加されています。
弊社では、お客様の中国法人設立登記業務、事業所の設計、内装工事、さらには運営に欠かせない中国人の固定客を作るべき戦略のアドバイスまでワンストップでサービスを提供させていただきます。
詳しくは、弊社HPをご覧下さい。
又、お気軽にお問い合わせください。
先日、人民広場で、お店で働く男女が、客に刃物で刺されました。
人を傷つける行為は傷害罪になり、むろん罪に違いありません。
しかし、中国の現状を踏まえて考えるに、双方に改善の余地があるかと思います。
まずは、店員の接客態度。
自分が努力せずとも客が物を買ってくれるのが当たり前と思っている店員が少なくありません。
まあ、接客態度は個人の性格とかも関与するから多少目をつぶるとしても、貧しすぎる商品知識など、多くの問題が潜んでいるのではないかと思います。
一方、客の態度。
商品を大切に扱い、聞きたい事があれば、店員に丁寧に質問する事。
さて、高度に経済優先の社会を目指しつつある現代中国。
ある意味、銃社会のアメリカよりも大いに危険が潜んでいるかもしれません。
しかし、皮肉ではないですが、日本も大なり小なり同様の事があるとも言えなくはありません。
心地よい社会がやはりいいですね。
人を傷つける行為は傷害罪になり、むろん罪に違いありません。
しかし、中国の現状を踏まえて考えるに、双方に改善の余地があるかと思います。
まずは、店員の接客態度。
自分が努力せずとも客が物を買ってくれるのが当たり前と思っている店員が少なくありません。
まあ、接客態度は個人の性格とかも関与するから多少目をつぶるとしても、貧しすぎる商品知識など、多くの問題が潜んでいるのではないかと思います。
一方、客の態度。
商品を大切に扱い、聞きたい事があれば、店員に丁寧に質問する事。
さて、高度に経済優先の社会を目指しつつある現代中国。
ある意味、銃社会のアメリカよりも大いに危険が潜んでいるかもしれません。
しかし、皮肉ではないですが、日本も大なり小なり同様の事があるとも言えなくはありません。
心地よい社会がやはりいいですね。
清明節が終わり、一段と気温が上昇してきた上海です。
中国には油で揚げた中国風クッキーを代表として、沢山の種類のおかしがあり、街のそこらじゅうで量り売りされていますが、日本から来たわれわれには、少しひつこく感じる物が少なくないかもしれません。

さて、この時期には、街のあちこちで見かける事が出来る”青団(qing tuan)”。
緑色の皮の中にあんこがたっぷりと詰められた団子、これは非常に口に合うかと思います。
清明節で、仏様へのお供え物の代表ですが、普段街中でちょこっと購入して、食べ歩きする人も少なくはないかと思います。
私は、今年は大量に購入した結果、そろそろ皮が硬くなってきましたが、やはりおいしい。
まだご賞味されていない方は、是非どうぞ。
中国には油で揚げた中国風クッキーを代表として、沢山の種類のおかしがあり、街のそこらじゅうで量り売りされていますが、日本から来たわれわれには、少しひつこく感じる物が少なくないかもしれません。

さて、この時期には、街のあちこちで見かける事が出来る”青団(qing tuan)”。
緑色の皮の中にあんこがたっぷりと詰められた団子、これは非常に口に合うかと思います。
清明節で、仏様へのお供え物の代表ですが、普段街中でちょこっと購入して、食べ歩きする人も少なくはないかと思います。
私は、今年は大量に購入した結果、そろそろ皮が硬くなってきましたが、やはりおいしい。
まだご賞味されていない方は、是非どうぞ。
今日は、清明節当日。
中国人は清明節の連休期間のいずれかの日に、各家庭の弔い方で、先祖の弔いをします。
そして、とりわけ清明節当日は朝から何やら賑やかです。
と言うのも、上海市内は墓自体が少なく、郊外や蘇州など少し離れた所に墓地を持つことが多く、それぞれ朝早くから墓地に向け移動開始をするのです。
私は上海市内のお寺に参りました。

昨日一生懸命折った紙銭をこのように大きな袋に入れ、送り先、送り人、期日を記入し、最後は焼いて、あの世に送ります。
私がまだ小さくて、おじいちゃんやおばちゃんが亡くなった頃、生まれ育った日本の華僑墓地で、既に用意されている紙銭やその他いろんな装飾品を焼くのを手伝ったことはありましたが、自分が折って、心をこめて焼くのは、言わば今回が初めてでした。
辛い気持ちと、達成できた気持ちが交錯し、非常に印象的な一日になりました。

帰り道、八重桜が満開でした。
上海の桜は日本ほどの幹の太さがないものが多く、まだまだ貫禄に欠けるかもしれませんが、街のあちこちで見れるようになってきており、年々、多くなってきている気がします。
农历 甲午年 三月初六
中国人は清明節の連休期間のいずれかの日に、各家庭の弔い方で、先祖の弔いをします。
そして、とりわけ清明節当日は朝から何やら賑やかです。
と言うのも、上海市内は墓自体が少なく、郊外や蘇州など少し離れた所に墓地を持つことが多く、それぞれ朝早くから墓地に向け移動開始をするのです。
私は上海市内のお寺に参りました。

昨日一生懸命折った紙銭をこのように大きな袋に入れ、送り先、送り人、期日を記入し、最後は焼いて、あの世に送ります。
私がまだ小さくて、おじいちゃんやおばちゃんが亡くなった頃、生まれ育った日本の華僑墓地で、既に用意されている紙銭やその他いろんな装飾品を焼くのを手伝ったことはありましたが、自分が折って、心をこめて焼くのは、言わば今回が初めてでした。
辛い気持ちと、達成できた気持ちが交錯し、非常に印象的な一日になりました。

帰り道、八重桜が満開でした。
上海の桜は日本ほどの幹の太さがないものが多く、まだまだ貫禄に欠けるかもしれませんが、街のあちこちで見れるようになってきており、年々、多くなってきている気がします。
农历 甲午年 三月初六
明日から3連休。
休みの少ない中国での連休前、現地の中国人は、浮かれ気分になるのでしょうか、いつものような激しさはなく、いつもより落ち着いた雰囲気で、その分、街も和やかに感じます。
しかも、今日は最高に天気が良かったです。
街中のあちこちで、明日、清明節に向けての材料を売る三輪車に遭遇します。

私も、紙銭を買い、気持ちをこめて折り始めております。
紙銭を折って、燃やしてあの世の人にささげるのは、果たして宗教的なのかどうかはわかりません。
お金は現世でもあの世でも必要であるという考え方。
科学的裏づけは難しいかもしれませんが、そのように考えること、又、習慣があることで、現世に生きる我々とこれまで私たちの存続を可能にしてくれたあの世の人たちとのつながりが出来るのは、非常に意義のあることです。
明日まで待ち遠しいし、いち早く煙にして天に届けたいので、今晩、燃やすかもしれません。。。
休みの少ない中国での連休前、現地の中国人は、浮かれ気分になるのでしょうか、いつものような激しさはなく、いつもより落ち着いた雰囲気で、その分、街も和やかに感じます。
しかも、今日は最高に天気が良かったです。
街中のあちこちで、明日、清明節に向けての材料を売る三輪車に遭遇します。

私も、紙銭を買い、気持ちをこめて折り始めております。
紙銭を折って、燃やしてあの世の人にささげるのは、果たして宗教的なのかどうかはわかりません。
お金は現世でもあの世でも必要であるという考え方。
科学的裏づけは難しいかもしれませんが、そのように考えること、又、習慣があることで、現世に生きる我々とこれまで私たちの存続を可能にしてくれたあの世の人たちとのつながりが出来るのは、非常に意義のあることです。
明日まで待ち遠しいし、いち早く煙にして天に届けたいので、今晩、燃やすかもしれません。。。
もうそろそろ年号が変わろうとしています。
こちら中国では、年号の変化が新しい年の始まりに直結するという感覚はそれほど強くないかもしれません。
かといって、来年1月末に迎える春節が1年の始まりかと言うとそうとも言い切れないかもしれません。
世界各国どこでもそうだと思いますが、中国でも年間を通じいろいろな行事があります。
例えばこの前冬至が過ぎたばかりですが、中国では冬至に亡くなった人たちに心をこめて紙銭を焼くという習慣があり、ややしずまった夜、あちこちでほそぼそと火がともる光景を見ることができます。そして、先祖のご供養を終えた後は、各家庭でその地方の習慣にもとづいて食べ物を食べます。
さて、円安が続き、中国経済はやや沈静化しているとは言われるものの、中国の活気に大きな変化は感じません。
中国に居ると、年号が変わっても、とめどなく続く時間に特段区切りを感じるということもなく、今日と同様にひたすら時間が続いていくような感 じがします。
そんな感じで、時間がずっと続けばいいなと思います。
こちら中国では、年号の変化が新しい年の始まりに直結するという感覚はそれほど強くないかもしれません。
かといって、来年1月末に迎える春節が1年の始まりかと言うとそうとも言い切れないかもしれません。
世界各国どこでもそうだと思いますが、中国でも年間を通じいろいろな行事があります。
例えばこの前冬至が過ぎたばかりですが、中国では冬至に亡くなった人たちに心をこめて紙銭を焼くという習慣があり、ややしずまった夜、あちこちでほそぼそと火がともる光景を見ることができます。そして、先祖のご供養を終えた後は、各家庭でその地方の習慣にもとづいて食べ物を食べます。
さて、円安が続き、中国経済はやや沈静化しているとは言われるものの、中国の活気に大きな変化は感じません。
中国に居ると、年号が変わっても、とめどなく続く時間に特段区切りを感じるということもなく、今日と同様にひたすら時間が続いていくような感 じがします。
そんな感じで、時間がずっと続けばいいなと思います。
数字はいろんな事象を評価するうえで役に立つ。
多くの人が生まれその後死に至るまでの道を考えた場合、
幼稚園ではまあまだ少ないだろうが、とりわけ小学生以降ぐらいから“平均”、
つまり、各クラスや全校生徒による標準という考え方を意識し始める。
その際、親は自分の子に対して平均以上を望むだろうし、自分自身も平均以下であればうれしいはずがない。
さて、しかしいわゆるそんな“平均”にとらわれるのも面白くない。
というのも、仮に二人がいて比較をする。
一方は100点、一方は0点とする、つまり“平均”は50点となる。
100点取った者にしてみれば余裕綽々で、一方、0点の者はかなりやばい状態かもしれなく、こんな場合、そもそも“平均”という考え方そのものの解釈が難しくなる。
そう考えると、“平均”は、人数が増えれば増えるに従って、その数字の意味と信憑性が高ま ってくるかもしれない。
かと言って、平均以上であれば安心でき、平均以下であれば思い悩む必要があると言えば、必ずしもそうではないと思う。
重要なのは、その数字に含まれる、いや数字に現れないこともあるかもしれないその個々人が行ってきた行為の密度、そして充実度だと思う。
極論すると、100歳まで生きたところで何をしたか、あるいは、生まれなかったけどその分世の中に迷惑をかけなかったとか。
乱暴な言い方になるかもしれないが、100点もひょっとしたら非常に薄っぺらい100点であるかもしれない。
多くの人が生まれその後死に至るまでの道を考えた場合、
幼稚園ではまあまだ少ないだろうが、とりわけ小学生以降ぐらいから“平均”、
つまり、各クラスや全校生徒による標準という考え方を意識し始める。
その際、親は自分の子に対して平均以上を望むだろうし、自分自身も平均以下であればうれしいはずがない。
さて、しかしいわゆるそんな“平均”にとらわれるのも面白くない。
というのも、仮に二人がいて比較をする。
一方は100点、一方は0点とする、つまり“平均”は50点となる。
100点取った者にしてみれば余裕綽々で、一方、0点の者はかなりやばい状態かもしれなく、こんな場合、そもそも“平均”という考え方そのものの解釈が難しくなる。
そう考えると、“平均”は、人数が増えれば増えるに従って、その数字の意味と信憑性が高ま ってくるかもしれない。
かと言って、平均以上であれば安心でき、平均以下であれば思い悩む必要があると言えば、必ずしもそうではないと思う。
重要なのは、その数字に含まれる、いや数字に現れないこともあるかもしれないその個々人が行ってきた行為の密度、そして充実度だと思う。
極論すると、100歳まで生きたところで何をしたか、あるいは、生まれなかったけどその分世の中に迷惑をかけなかったとか。
乱暴な言い方になるかもしれないが、100点もひょっとしたら非常に薄っぺらい100点であるかもしれない。
闘病生活を長らく続けていた母が、今日旅立ちました。
悲しくて悲しくて仕方がなく、涙は流れて流れて仕方ない一日でした。
けれど、どんな形であれ人の別れは必ずくるから、それを苦しくも受け止めるしかありません。
母は家族のために多くの時間を費やしてくれました。
母自身の体が大変な事になっていたにもかかわらず、まだ家族の体や生活のこ とを心配していました。
人間は何のために生きるのか、母が死の直前まで何のために生きていたかと考えた場合、それは家族のために生きようと、自分の体の痛さは尋常ではないのにも関わらず、自分の為が最優先ではなく、家族のために懸命に生きようとしていたのではないかと感じます。
いわゆる死後の世界という所が実としてあるならば、しばらくは家族のことを忘れて、そこでゆっくりしてもらいたいと思います。
そして、後日になりますが、そこで再会出来る事を楽しみにしています。
ママ、これまで一生懸命育ててくれてありがとう。
2013年11月28日
悲しくて悲しくて仕方がなく、涙は流れて流れて仕方ない一日でした。
けれど、どんな形であれ人の別れは必ずくるから、それを苦しくも受け止めるしかありません。
母は家族のために多くの時間を費やしてくれました。
母自身の体が大変な事になっていたにもかかわらず、まだ家族の体や生活のこ とを心配していました。
人間は何のために生きるのか、母が死の直前まで何のために生きていたかと考えた場合、それは家族のために生きようと、自分の体の痛さは尋常ではないのにも関わらず、自分の為が最優先ではなく、家族のために懸命に生きようとしていたのではないかと感じます。
いわゆる死後の世界という所が実としてあるならば、しばらくは家族のことを忘れて、そこでゆっくりしてもらいたいと思います。
そして、後日になりますが、そこで再会出来る事を楽しみにしています。
ママ、これまで一生懸命育ててくれてありがとう。
2013年11月28日
昨日、母校、大阪市立大学の校友会に参加しました。
とりわけ、上海で開催される事に深く意義を感じました。
そして、大阪府立大学との統合も意識が深まりました。

開催地は上海大学で、十年ほど前から大阪市立大学、大阪府立大学と友好関係を築いている事による開催でした。
大学の正門を入ったすぐのところで大々的に菊花が飾られており、季節感を楽しむことも出来ました。
上海大学は上海市の中心からは30kmほど離れており、私は今まであまり足を踏み入れた事のない地域でしたが、今回、大学キャンパスだけでなく周辺環境も実感出来、有意義でした。

夜は、宴会があり、交流に花が咲きました。
特に、上海大学の若い学生たちが日中友好を願うこのような催しに参加し、その雰囲気をそれぞれが味わい、後日、参加できなかった学生たちと何気に話をし、今後の日中関係の安定化に向かう一つの要素となれば、これほどうれしいことはありません。
祝中日友好!そして、祝学术交流!
とりわけ、上海で開催される事に深く意義を感じました。
そして、大阪府立大学との統合も意識が深まりました。

開催地は上海大学で、十年ほど前から大阪市立大学、大阪府立大学と友好関係を築いている事による開催でした。
大学の正門を入ったすぐのところで大々的に菊花が飾られており、季節感を楽しむことも出来ました。
上海大学は上海市の中心からは30kmほど離れており、私は今まであまり足を踏み入れた事のない地域でしたが、今回、大学キャンパスだけでなく周辺環境も実感出来、有意義でした。

夜は、宴会があり、交流に花が咲きました。
特に、上海大学の若い学生たちが日中友好を願うこのような催しに参加し、その雰囲気をそれぞれが味わい、後日、参加できなかった学生たちと何気に話をし、今後の日中関係の安定化に向かう一つの要素となれば、これほどうれしいことはありません。
祝中日友好!そして、祝学术交流!
