日中友好を夢見て。 -11ページ目

日中友好を夢見て。

中国と日本と、上海と大阪と、中国ビジネス・中国生活奮闘記。

第二次世界大戦では、数多くの若者が戦地に赴き、その尊い命を失くした。

そもそも戦争などというものは、不毛だ。
戦争が終わって残るのは、むなしさだけだ。

とりわけ、旦那さんを失った奥さんの悲しみは永久に続く。

さて、そんな苦しい第二次世界大戦そのものを経験したか、あるいは、その余韻だけでも味わった年代の人たちが、日本を戦争に巻き込む準備をしているように見えなくもない。

仮に若者が再度戦地に赴くことがあったとして、その若者が命を落としたとして、一体誰がその命の償いをしてくれるのか。

ちなみに、国家の上層部の、今まさに集団的自衛権について操作している人たちは、戦地には赴かず、あくまで、自身の命は限りなく安全だろう、皮肉なものである。

国民の一人一人が、よくよく考えるべき問題である。
韓国でダイバーが沈没船内の生存者の救出に向かった。

しかし、沈没船内にはエアーポケットが無く、生存者が一人も発見されなかった。

さて、私は、ダイビングが趣味の一つで、いろんな海に潜った事がある。
潜り方にもいろいろあって、沈船ダイブは沢山ある潜り方のうち、好きな潜り方の一つだ。
しかし、対象が沈船である以上、総じて深度が深く、さらに狭小空間に入る事は危険性を伴うと共に、自分の潜行深度に対する感覚を狂わせてしまう。

そんな事もあり、今回、多くのダイバーが減圧症にかかってしまった。

さて、時代を遡って、タイタニック。
当時、船長はこう言ったらしい。
『英国人らしくふるまおう。』と。
そして、船内に最後まで残ったらしい。

今回の場合、タイタニックとは全然違うスケールの船、仮に船乗り達にもう少しでもプロ意識があれば、こんな悲劇にならなかったと思う。
農薬について気になる。

これだけの飽食の時代、食べるわ食べるわで、流暢に有機農業をやろうものなら、野菜類の生産が追いつくはずはなく、仕方なく農薬を使い、又、肥料を使い野菜の大量生産を試みるわけだ。
だから、当然のように野菜の安全性が問われるわけだ。

一方、果物に関してだが、こちらは、100%に近いくらい農薬の使用を余儀なくされているらしい。
朝食ビュッフェなんかで野菜や果物を沢山食べている人は、健康そうに見えるが、実際のところ、いかがなものか。

まあ、野菜、果物に限らず、いろんな食品に対する安全性が気になるが、そう考えると、小食になるのが、最も安全性を高める手法のうちの一つの答えになるのではなかろうか。
上海は好天が続いており、非常に上海らしくなってきました。
昨日おとついは若干気温が低く、ジャケット着用しましたが、いよいよ、カッターシャツ一枚ですむ夏の気配です。

しかし、ここのところ、風が強い日が多く、その風に乗って塵が舞い上がり、目に入り込んだりするのですが、最近の塵はやたらと大きさが大きいからか、目に入ると痛かったりします。

さて、国際行事だった北京オリンピック、上海万博の際には、外国から沢山のお客様をお招きするべくそれなりに環境配慮を徹底していた感があるのですが、昨今になって、又、環境汚染、とりわけ空気の汚染が悪化しているのを肌で感じます。

むろん、国、政府、企業がそれなりには努力して環境問題への対策を行っているのですが、現在まだまだ発展途中の中国は、簡単には環境問題を克服できないかと思います。
最近はどういう訳か、部屋にしょっちゅうカナブンやハナムグリ系の虫が飛び込んでくる。

ハナムグリ系


そして、これらの昆虫に共通する特徴は、”死んだふり”をする事である。

不思議である。
小さい頃、家族で軽井沢へ旅行に行ったりして、カブトムシ探しに行くと、あいにくカブトムシは探し出せず、代わりにこの手の昆虫を見つけれたのだが、当時は、捕まえると抵抗してこっちの指が痛いぐらいな事も少なくなかった。
ところが、今日にいたっては、身動き一つせず、じっとしているのである。
ひっくり返しても、ひっくり返ったままで、ほんと死んでいるようである。

さて、”熊に会うと死んだふりをすれば良い”なんて事を、これまた、小さい頃のハイキングでリーダーが教えてくれたが、仮に実際に熊に遭遇した場合、逃げもせず死んだふりをする方が勇気がいるなかもとずっと思っているのだが・・・、まあ、実際に遭遇してみないとどういう行動をしたくなるか、分からないが・・・。

さて、話戻って、
まあそんな感じで机の上の昆虫が死んだふりをして全く動かなくなると、確かに観ているこっちも全く面白くなく、もういいやと直ぐに庭に逃がしてあげたくなる。
むろん、こっちが無理に捕まえたわけでなく、あくまで、昆虫からうちの陣地に入ってきたので、私がまるで喜んで生物を虐待していると誤解されないようよろしゅうに。

とまあ、回りくどい話になったが、いよいよ総結。

我々にとって熊は強者で、弱者である我々は死んだふりをすると、熊も面白くなく相手にしてくれなくなるのかなと、そして今日に至っては、昆虫達も知恵をつけて、死んだふりをし始めたのかなあと思った。

進化か。

まあ、元から、死んだふりをする昆虫は適当には存在してるのも記憶しているが。
労働節は重要な節句の一つである。
とりわけ、中国は社会主義の国家だから、労働者は手厚く扱われるべきイデオロギーとかも理由の一つになるのかな。

昨日は、たまたま上海動物園を経由する機会があったが、人の数に圧倒された。
まるでディズニーランドかユニバーサルスタジオかぐらいの待ち行列だ。
しかも、既に昼過ぎにもかかわらず、人がまだ絶え間なく来る事。
家族で多いに楽しむ労働節という雰囲気が満々だった。

一方、日本では、現安部体制に対しての反感を込めてのイベントが各地であったと聞く。

このブログで何度も述べているように、日本人は元来和を尊重する温厚な民族だと私は理解している。
そういう意味で、第三者的な立場で述べるなら、阿部氏は攻撃的な要素が多分にあるのではないかと感じる事が良くある。
メーデーに反動的な出来事が各地であったのは、現体制に不満を感じる方々が少なくはないという事の証ではなかろうか。
さらに、小泉元首相らの動きとかをかんがみるに、これから日本は分裂状態になるのでないか・・・とかなり不安を感じる。

と言っても、中国、主席になりたての習近平も今後の中国を模索しながら、いろいろ政策を行うに、やや攻撃的な感じもしないことはない。

さて、とりわけアジアのキーポイントになるこの二つの国は、仲良くすることが大前提で、悪くなってメリットは何もないのである。

祝中日友好!
商船三井が中国海事法院に差し押さえられていた貨物船の解除の為に40億円を支払ったそうである。

さて、事件は、戦前まで遡る、しかも民間対民間の問題である。
国が絡むとするならば、日本政府が日本の民間業者に対して船を借り上げした事にある。
事実関係としては、あくまでも民間対民間と考えて良いかと思う。

私は商船三井の潔さを評価したい。
中国人ががさつに感じる日本人は沢山居ると思う。
まあ日本人に限らず、他の外人もそう思うかもしれない。

なぜか。

その理由の一つとして、中国語があげられるのではないだろうか。
つまり、中国語の四声だ。
中国語を学習し始めて間もなく練習する ma ma ma ma・・・てな感じの四声である。
この四声を理解し、マスターしなければ、中国語での会話は不可能だ。

さて、私は日本で中国語学習を開始したとき、日本人の先生いわく、”中国語は美しい”と。
四声があるから、まるで、音楽を聞くかのように心地よく聞こえるというのだ。
それに対して、なんともメリハリのない日本語は、世界でも有数の”泥臭い言語”だと言うのである。
上記は、私が言ったのではなく、あくまで一人の日本人が言った事をそのままお伝えしたに過ぎないので、この文章をお読みになられている日本の方は私に矛先を向けないでほしい。

さて、ここからが本題だ。

当時の私は確かに中国語を習い始めで、気持ちも前向きだし、耳に入る中国語全てが心地よく感じられた。
しかし、中国へ来て仕事をし、もう既に数年が経過したが、中国語は四声があるばかりに、こんなに賑やかになってしまっている、いや、悪く言うとうるさいのかもしれない。
しかも、この人口だから、どこに行っても賑やかで、ちょっとびっくりする。

そう考えると、穏やかな日本語は、やはり和を思んじる国にふさわしく、というか、であるからこそその結果、好き好んでけんかを始めない国民性を持ったのではないかと感じたりする。

まあ、いずれにせよ、何事も穏便に・・・ですね。
昨日、アニメについて述べたが、アニメの主題歌、そして挿入歌は、いい思い出になる。

思いおこせば、ささきいさお、水木一郎はプロ中のプロ、当時見たアニメの主題歌はたいたいどちらかが歌っているかぐらいメジャーだった。

まあ彼らほどではないが、その後もそれなりに多くのアニソン歌手が活躍してきた。

しかしながら、昨今はアニソン歌手のプロたちが苦戦しているらしい。

アニメの王道ジブリなんぞは、映画の主題歌にポップスの歌手や俳優を使い出すし、昨今の売れ筋のアニメに至っては本編の声優をそのまま使ったりするらしい。

むろん、売れればいいのであるが、なんとなく一過性な感じがして、何十年経ったあと、果たして名曲として永遠に残ってるのかなあと少し不安になる。

文化というものは、しっかりと熟成させなあかんぜよ。
アニメは日本の重要な産業の一つである。

小生も小さい頃からいろんなアニメを見てきた。
見てきたというのは、アニメは決して子供だけのものではなく、大人になっても十分に楽しめるからであり、現に今でもおもしろそうなものを見つけては欠かさず視聴している。

そこまでの産業に成長したきっかけは、日本の多くのアニメに関して、基本設定、表現力などなどが他国に比べて秀でているからとも言えよう。

さて、小生が高校の時、ジャンプに連載されていた『ジョジョの奇妙な冒険』。
いよいよテレビで第3部が始まり、これまた、なつかし~く観させてもらっています。

ちなみに、ジョジョは今でも誌面で連載が続いているようで、最近のシリーズはDIOの存在感はあまりないのだとか・・・、又、機会があれば読んでみたいと思う。